プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【ゴシック〜ドゥーム〜アヴァンギャルド寄り】 Thomas Gabriel (Warrior/Fischer)関連(スイス) (HELLHAMMER〜CELTIC FROST〜APOLLYON SUN〜TRIPTYKON)

Into the Pandemonium

Into the Pandemonium


(HELLHAMMERの2ndデモ『Triumph of Death』フル音源)'83

CELTIC FROST『Morbid Tails』フル音源:EP『Morbid Tails』とEP『Emperor's Return』を合わせて曲順を変えたもの)'84〜'85

CELTIC FROSTの1st『To Mega Therion』フル音源)'85

CELTIC FROSTの2nd『Into The Pandemonium』フル音源)'87

(APOLLYON SUN『Sub』から「Naked Underground」)'00

CELTIC FROSTの5th『Monotheist』フル音源)'06

(TRIPTYKONの2nd『Melana Chasmata』フル音源)'14

80年代のメタル〜ハードコアシーンを代表する天才。作編曲と演奏(ボーカル・ギター)の両面において世界中のミュージシャンに絶大な影響を与えました。デスメタルブラックメタルゴシックメタル〜フューネラルドゥームなどの直接的影響源であり、NIRVANAやMELVINSなどを通してアメリカの(ハードコア寄り)アンダーグラウンドシーンにも影響を与えています。雑多な音楽要素を単線のフレーズに落とし込んで聴かせてしまう音遣い感覚は唯一無二で、これを上回る旨みを獲得できたものは殆ど存在しません。そういう意味ではBLACK SABBATHやDISCHARGEにも劣らない、素晴らしい“オリジネイター”なのです。

Tom G.の作る曲は、基本的にはシンプルなフレーズの積み重ねから成り立っています。コード付けを避けた単音フレーズを並べて一曲を通してしまう構成で、その断片は一見どこにでもありそうなものばかり。しかし、多くの「リフ(反復フレーズ)志向」のメタル〜ハードコアが転調(キーチェンジ)などを交えずに“同じポジション”で弾き続けるのに対し、Tom G.の曲では頻繁に転調(というかtonal interchange)がなされます。
たとえば〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行だけで押していくところでも、キーを「C→E→D」と変化させながらそうした進行を繰り返すことにより、
「〈C→C#→C〉→〈E→F→E〉→〈D→D#→D〉」
というふうに、“半音を多用して複雑に揺れ動く”浮遊感ある音遣いをすることができます。
(上の例で言えば、Cを移動ドの根音(ド)としてみれば、ドからファまでの間の全ての音〈ド・ド#・レ・レ#・ミ・ファ〉が用いられ、12音技法に近い複調感覚が生まれています。
(通常のスケールでは、ひとつの調においては〈〉内6音のうちせいぜい4音くらいしか使わない。))
また、一方で“キーの音(C・E・D)を足場にしつつ周りを蠢く”進行が組み込まれているため、そこにはある種の安定感が生まれます。
こうした“彫りの深い”“浮遊感と安定感を両立する”音遣いは、多くの“同じポジションで弾き続ける”音楽とは一線を画するもので、フレーズの断片(ミクロ)だけみれば単調ですが、全体(マクロ)としてみれば複雑な広がりを生み出しているのです。この人の曲についてよく言われる「単純なリフを重ねてるのに何故か個性的」という評価は、こうした音遣いのミクロの部分だけをみて(しかしマクロの感覚は体で理解した上で)なされているものなのだと言えます。

また、こうした“転調”だけでなく、その断片となるフレーズの構成も実は非常に個性的です。
多くのリフ・ミュージックがⅣ・Ⅳ#・Ⅰ#(マイナースケールの移動ドでみれば、Ⅰ=ラに対し、それぞれレ・レ#・ラ#)といった“引っ掛かりの強い”キメの音程しか重視しないのに対し、Tom G.の音遣いにおいてはⅡやⅦ♭(それぞれⅠからみて一音上・一音下)などの“引っ掛かりがそこまで強くない”音程も巧みに用いられます。流れや場面に応じて“引っ掛かり”の強さを使い分ける力加減が絶妙で、断片だけみても深い陰翳を描き出しているのです。
こうした独特の音進行は「ロックンロールのブルースマイナーペンタトニック(ラドレミソ)に複雑な半音遣いを加えた」感じのもので、クラシカルなマイナースケールやブルーノートなどとは異なる、生硬く潤った湿り気を持っています。これが“はっきりしたコード付け”による色付け(=ニュアンスを限定してしまう処理)を避けた“未加工”な形で提示されることにより、無限の“想像の余地”を伴う豊かな暗黒浮遊感が生まれるのです。

Tom G.の音遣いは以上のような“複雑なモノトーン”感に満ちたもので、コード付けして様々な形に加工してしまうことができる“素材としての優秀さ”もあわせ、後続のミュージシャンに絶大な影響を与えています。それぞれの理解度は異なるものの、こうした「モノトーンの暗黒浮遊感」は多くのバンドに受け継がれていますし、MORBID ANGELやSEPULTURA、NIRVANAにMELVINSなど、独自のやり方で素晴らしく個性的なものに変化させてしまった例もあります。そうした新たな“オリジネイター”をはさんだ間接的伝播も考えれば、その影響の広さ深さは想像もつきません。80年代以降の地下音楽シーンにおいては、ジャンルを問わず最も大きな影響力を持ったミュージシャンの一人なのです。

こうした音遣い〜作編曲だけでも凄いのですが、Tom G.とそのバンドは、演奏の味わいにおいても唯一無二の魅力を誇っています。
Tomはボーカリスト・ギタリストなのですが、その個性的で豊かな音色は他に比すべきものがありません。「ニューウェーブ寄りの退廃的な歌い回しとVENOM以降の逞しいガナリ声とを強靭な発声で融合させた」ようなボーカルは、深い湿り気と飄々とした品の良さを両立していて、独特の掛け声もあってとてもよく真似されるものなのですが、同等以上の存在感を獲得したフォロワーは存在しません。また、ギターの音色も、「ハードコアの“水気を吸ってぶよぶよ膨れる”響きをメタル的な締まりをもって固定した」感じの実に個性的なもので、どこか“超合金”をイメージさせる独特の鳴りは、一音聴けばそれとわかるものになっています。こうした音色を優れたリズム処理能力のもとで使いこなす演奏の魅力は圧倒的で、こうした演奏スタイルがそのまま音楽全体の個性になっています。
これに加えて、Tomのバンドでは「硬く滑らかな」「スピードと引っ掛かりを両立した」ドラマーが起用されることが殆どで、その質感がTomの演奏と絶妙に組み合わさることにより、他では聴けない素晴らしい味わいが生まれます。CELTIC FROSTの1st以降はそういうタイプのテクニシャンが起用され続けていて、独特の作編曲を見事に引き立ててくれているのです。

Tom G.は、以上のような唯一無二の持ち味を磨きながら、キャリアの全期において個性的な傑作を生み続けてきました。

最初期に結成したHELLHAMMER('82〜'84)は地下音楽史上になだたる名バンドで、VENOMやDISCHARGEのスタイルに大きな影響を受けつつ、上記のような個性を萌芽させています。上に挙げた2ndデモ『Triumph of Death』('83)は公式に発表した音源としては初めてのもので(1stデモ『Death Fiend』は発表せずに破棄)、VENOMを数倍極悪にしたような圧倒的な勢いが捉えられています。(こうした作品により「スイスで最も酷いバンド」という評価を公式に得たという話ですが、それも確かに頷けます。)後のクールな印象と比べると、本作の初期衝動の塊のような“なりふり構わない”感じは異質とも言えますが、それだけに特定の層には強力にアピールしており、プリミティブなスラッシュメタルデスメタルを好む層からはいまだに崇拝される対象であり続けています。

3枚のデモと1枚のEPを製作したのち、HELLHAMMERはCELTIC FROST('84〜'93)へ名義を変更。先に述べたような個性を確立し、後世に影響を与え続ける歴史的名盤を連発することになります。この時期から、先に挙げたVENOMやDISCHARGE、ハードロック〜ヘヴィメタルの名バンド(BLACK SABBATHJUDAS PRIEST:ともにオーソドックスでない変遷をしてきたバンドです)に加え、BAUHAUSやSIOUXSIE & THE BANSHEES、CHRISTIAN DEATHといったゴシカルなニューウェーブ寄りバンドからの影響が発揮されてきており、2nd『Into The Pandemonium』('87)ではそうした要素が一気に開花しています。
(このアルバムはPARADISE LOSTなどのゴシックメタルやUNHOLYなどのプレ・フューネラル・ドゥームメタルのバンドに絶大な影響を与えています。)
LAメタルにセルアウトした」と酷評される3rd『Cold Lake』('88)も含めた全てのアルバムが傑作で(この3rdが再発されないのは、「客演したギタリストが他バンドの作品からアイデアを盗用した」のをTomが恥じているからとのことです)、商業的には苦しんだものの、全期に渡って素晴らしい音楽的成果を残しています。

CELTIC FROSTが'93年に解散した後、Tomは同郷の名アーティストH.R.Giger(映画『エイリアン』『Dune』などのアートワークで有名:CELTIC FROSTにも作品を提供)のアシスタントなどをメインに生活していたようです。
そうした活動と並行し、TomはMarquis Marky(CORONERのドラマーで後期のニューウェーブ寄り路線を先導)などとAPOLLYON SUN('95〜'07)を結成しました。このバンドは殆ど語られる機会がないのですが、ゴシカルなインダストリアルメタル路線で素晴らしい作品を残しています。唯一のフルアルバム『Sub』('00年発表)はそうした音楽性が見事に機能した一枚で、MINISTRYやFEAR FACTORY、CORONERの『Grin』、OBLIVEONの『Carnivore Mothermouth』などがいける方はぜひ聴いてみてほしい傑作です。Marquisの粘りあるドラムスが絶妙な引っ掛かりを生み出しており、遅いパートの居心地の良さは絶品です。
また、'01年にはCELTIC FROSTを再結成。かつての同僚Martin E Ain.との共同作業から、これまでの音楽活動の集大成といえる大傑作『Monotheist』('06)を発表し、それに伴い唯一の来日公演を成功させました。しかし、ドラマーとの人間関係の悪化からTomは(自身が創設した)CELTIC FROSTを脱退してしまいます。これによりバンドは解散('07年)。その歴史に終止符が打たれることになりました。

その後、Tomは新たなバンドTRIPTYKON('08〜)を結成。フューネラル・ドゥームに通じるようなコードワークを試しつつ、これまで培ってきた音楽性をさらに深化させています。'14年に発表された2nd『Melana Chasmata』はそうした方向性が素晴らしい結実をみせた大傑作で、1stでは多少湿っぽい方に流れすぎた雰囲気が、特有の優れたバランス感覚のもとで見事に整えられています。アンサンブルのまとまりもTom G.関連バンド史上最高で、個性的な演奏表現力がバンド全体で強力に増幅されています。(1st発表後の来日公演も本当に素晴らしいものでした。)バンド内の人間関係が非常に良いことを窺わせてくれる仕上がりで、今後の活動にも期待が持てます。

以上のような活動を通して圧倒的な天才を発揮し続けるTom G.は文字通りの「生ける伝説」であり、残した作品は全て唯一無二の味わいを持つ傑作ばかりです。テクニックを売りにしない音楽性は本稿で扱うバンドの多くと毛色が異なりますが、その表現力の深さと“格”の凄さは文句無しにトップクラス。(MESHUGGAHやCYNIC、OPETHやIHSAHNなどより上です。)この人の活動に親しむことで音楽史の流れがよく見えるようになりますし、単純に得られる“音楽的歓び”も比類ないものがあります。ぜひ聴いてみることをおすすめします。