プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【ブラックメタル出身】 Ihsahn関連(ノルウェー) (THOU SALT SUFFER、EMPEROR、PECCATUM、IHSAHN)

After

After


(EMPERORの1st『In The Nightside Eclipse』フル音源)'94

(EMPERORの4th『Prometheus:The Discipline of Fire & Demise』フル音源)'01

(PECCATUMの3rd『Lost in Reverie』フル音源プレイリスト)'04

(IHSAHNの3rd『After』フル音源)'10

(IHSAHNの5th『Das Seelenbrechen』フル音源)'13

ノルウェーブラックメタルシーンを代表する早熟の天才('75.10.10生)。映画音楽(Jerry Goldsmith、Ennio Morriconeなど)やクラシック音楽方面の楽理を活かし、ノルウェー特有の“薄くこびりつく”引っ掛かり感覚(上記記事http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2015/03/27/050345 をご参照ください)と滑らかな進行感を融合しました。高い構築性と溢れる情熱を両立する作品は優れたものばかりで、その全てが“知的な勢い”を強力に備えています。EMPERORの初期作品は「シンフォニック・ブラックメタル」のルーツの一つになりましたし、EMPEROR解散後も、独特の音楽性をより高度に発展させ、前人未踏の境地を切り拓き続けています。今後のさらなる飛躍が楽しみな実力者です。

上の記事に補足するかたちで書くと、Ihsahnの音楽性は、ハードコア〜スラッシュメタルの尖った引っ掛かり感覚はあまり持ち合わせておらず、映画音楽にMERCYFUL FATE〜KING DIAMOND的な欧州クサレメタルのエッセンスを加えたような味がベースになっています。
デスメタルスタイルだった初期THOU SALT SUFFERや、プリミティブ・ブラックメタル寄りだったEMPERORのデモ『Wrath of The Tyrant』(以上すべて'92年発表)は比較的そういう“尖った引っ掛かり感覚”を備えているのですが、EMPERORの1stフルアルバム以降は殆ど引っ込められることになりました。)
フレーズ一つ一つは滑らかに流れていくものばかりなのですが、曲全体を通してみると、はっきり“解決”しきることはなく、微妙にしこりを伴う後味が残る。EMPERORの1st『In The Nightside Eclipse』('94年発表)は特にその傾向が顕著な作品で、連発される華麗なフレーズだけみていると「格好いいけど手応えに欠ける」気がしてしまう一方で、先述のような“はっきり解決しきらない”微妙な引っ掛かりを意識しながら聴いていくと、“薄くこびりつく”必要十分な手応えを感じ取ることができるのです。本稿【プレ・テクニカル・スラッシュメタル】で扱う作品になぞらえるならば、小気味良いキメを連発してどんどん突き進んでいくMEGADETHよりも、長いスパンで流れていく(クラシックの大曲などに通じる「長さ」がある)METALLICA『Master of Puppets』に近い性格を持っていると言えます。その点で、派手なリードフレーズよりもブルース的な“引っ掛かる”手応えを重視する人からは理解されにくい作品なのですが(私がそうでした)、ノルウェー特有の引っ掛かり感覚はしっかり備わっていて、慣れればそれに心地よく浸れるわけです。

Ihsahnのこのような音楽性は、EMPERORの諸作(4枚とも大傑作)はもちろん、それ以後の活動でも維持され、より解きほぐされたかたちに発展され続けています。

ソロプロジェクトであるIHSAHNにおいては、EMPERORの最終作『Prometheus』('01年発表)で(いささか未洗練な形で)示された複雑なコードワークが引き継がれ、様々な音楽要素と掛け合わされることにより、いわゆる「ブラックメタル」の暗く沈鬱なイメージに留まらない豊かな表情を描き出しています。
3rdアルバム『After』('10年発表)はそうした方向性がひとつの完成をみた大傑作で、先述のようなノルウェー特有の引っ掛かり感覚にジャズ的なヒネリを加えることにより、EXTOLやENSLAVEDのような同郷の優れたバンド、そしてMESHUGGAHなどに通じる独特の浮遊感が生まれています(“オーロラが不機嫌に瞬く”イメージ)。SPIRAL ARCHITECTのドラムス・ベースをサポートに従えたアンサンブルも超一流で、完璧なサウンドプロダクションもあって、優れた音楽性をあらゆる面において良好に楽しめるようになっています。本稿で扱う全作品の中でも「入門編」として特におすすめできる一枚です。
また、目下の最新作である5th『Das Seelenbrechen』('13年発表)では、前作4thにおいて再び(ジャズ的な“アウト感”を控えめにして)EMPEROR寄りに戻った音遣い感覚を引き継ぎつつ、アンビエント電子音楽の要素(PECCATUMなどでは用いられていたけれどもメタル寄りのIHSAHNにおいては控えられていた要素)を大幅に導入し、作編曲の構成も、フリーな展開をする余地を残したラフな形に仕上げられています。従って、従来のメタル寄りの要素を求めると肩透かしを食らってしまう場面も多いのですが、ノルウェー・シーンの成り立ち(もともとジャーマンロックや電子音楽との親和性が高い)を考えると自然な流れとも言える方向性ですし、実際、先述のような“薄くこびりつく”引っ掛かり感覚や“気の長い”時間感覚は一層成熟したものになっており、慣れれば非常に心地よく浸ることができます。ぜひ聴いてみてほしい傑作です。
ただ、こうしたアンビエントな感覚が活かされた作品としては、PECCATUM(奥様であるIhrielとのユニット)の3rd『Lost in Reverie』('04年発表)の方が完成度が高いかもしれません。このアルバムでは、先述のような音遣い感覚にヨーロピアン・ジャズ的な味わいが加わっていて、それがEMPERORの4thに通じるメタルパートと滑らかに組み合わされています。そうした静・動の対比や緩急構成が実に素晴らしく、全体を通して何も余計なことを考えず浸りきることができるのです。深い森の中でまどろむような柔らかく神秘的な雰囲気も絶品で、Ihsahn関連作の中で最も優れた作品の一つなのではないかと思います。強くおすすめできる大傑作です。

Ihsahnの人となりや音楽的バックグラウンドについては、2013年のソロ来日時に行われた、インタビュー(聴き手はSIGHの川嶋未来さん)が優れた資料になっているので、これを一読されることをおすすめします。
ここでもよく表れているのですが、Ihsahnには「影響を受けるのを恐れない」(言ってしまえば“ミーハー”な)ところがあります。たとえば、インタビューで言及されているRADIOHEADMiles Davis(『Sketches of Spain』はクラシック「アランフェス協奏曲」のモーダルなビッグバンドアレンジなので“ジャズの本流”とはだいぶ異なります)、そして共演したDevin TownsendやOPETHなど。ソロプロジェクトIHSAHNの作品を聴くと、そうしたものの影響がだいぶあからさまに示されている場面が多く、つい笑わされてしまうこともあります。しかし、そうした「対象にかなりはっきり寄せている」ところでも、その対象の要素をそのまま持ってきて“亜流”になってしまうようなことは全くなく、「似てはいるけれども完全に独自の仕上がりになっている」のです。このような柔軟で逞しい“在り方”は驚異的で、Ihsahnという音楽家の優れた持ち味を示すものだと思います。この若さ(2015年3月現在でまだ39歳!)にしてこれだけの作編曲力・演奏表現力を身につけてしまえているのも、そうした持ち味によるところが大きいのではないでしょうか。既に達人と言える境地にありながら、これからもなお成長の可能性を感じさせてくれる素晴らしいミュージシャン。今後の活動が楽しみです。