プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【テクニカル・スラッシュメタル】 CORONER(スイス)

Grin

Grin


(3rd『No More Color』フル音源)'89

(5th『Grin』フル音源)'93

スイスが誇る世界最高のトリオ。著しく優れた演奏表現力と高度な音楽性を両立し、数々の個性的な傑作を残しました。“後期”の作品は発表当時あまり評価されず、歴史に埋もれる形になっていますが、このジャンルから生まれたあらゆる作品の中でもトップクラスに位置する深みを持っています。今こそ再評価されなければならないバンドです。

CORONERの音楽性は他の何かに容易になぞらえることのできないものなのですが、その成り立ちをある程度具体的に分析することはできます。

〈1〉MERCYFUL FATECELTIC FROSTのリフから学んだフレーズ(ルート進行)感覚
〈2〉クラシック音楽の楽理を援用した滑らかなコードワーク
〈3〉LED ZEPPELINBLACK SABBATHTHE BEATLESTHE DOORSなどを経由して獲得した(希釈・変容された)ブルース感覚
〈4〉DAFKRAFTWERK、Einstürzende Neubautenのような(ドイツの)エレクトリック・ボディ・ミュージックを通して学んだ時間感覚・響きの処理能力

CORONERの音楽では、以上の要素が高度に複合され、独自のかたちで熟成されることにより、他に類を見ない深い味わいが生まれています。
たとえば、CELTIC FROSTから間接的に獲得したハードコアの“ルート進行”感。そして、70年代ハードロックや80年代ジャーマンロック(ニューウェーブ〜エレクトリック・ボディ・ミュージック)の音遣い感覚。こうしたものは単体では生硬い印象をもたらすことが多いのですが、それらがクラシック音楽的なフレーズ・コード感覚により肉付けされることで、複雑な味わいをうまく溶かし込んだ滑らかな音進行を生み出します。CORONERの残した5枚のフルアルバムでは、それぞれ異なるスタイルが志向されている一方で、こうした独自の音進行の開発に取り組んでいる点では一貫しているため、その質や傾向をつかんでしまえば、全ての作品に興味深く聴き浸ることができます。(作品を重ねるに従って〈3〉や〈4〉の要素が現れてくる。)圧倒的に素晴らしい演奏表現力もあいまって、理屈抜きの生理的快感と深い精神的手応えを得ることができるのです。

CORONERの作品は一聴の価値がある傑作ばかりですが、個人的には上記の2枚を特におすすめします。
3rd『No More Color』('89年発表)はバンドの最高傑作と言われることの多い一枚です。1st・2ndで多用されていたクラシカルなコードアレンジを控えめにし、装飾の少ない優れたリフを連発するスタイルに徹した作品で、CELTIC FROSTをクラシカルにしたような“豊かなモノトーン”感が素晴らしい。(その点DEATHの5thなどに通じる感じがあります。)異常に手数が多いのに“無駄撃ち”している印象がないリフは強力なものばかりで、それを余裕でこなしきるアンサンブルは驚異的です。CELTIC FROSTのTom G.を意識しながらも独自の形に仕上がっている“吐き捨て”ボーカルも格好良く、クールに燃え上がる音楽性に合っています。各曲の出来もアルバムの構成も完璧。「テクニカル・スラッシュメタル」の枠では最高位に位置するアルバムの一つでしょう。
そして、それ以上におすすめしたいのが、フルアルバムとしては現時点の最終作である5th『Grin』('93年発表)です。この作品では上記の〈1〉〜〈4〉が見事なバランスで配合され(前作4thの路線を推し進めた感じ)、他に類を見ない蠱惑的な音遣いが生まれています。加えて、演奏もサウンドプロダクションも最高レベルの仕上がり。Conny Plankばりの極上の音作りにより“小気味よく張り付く”タッチが強調されたドラムスなどは特に好ましく、スネアドラムやバスドラムの一打一打が堪らない手応えを感じさせてくれます。これはギターやベースにも言えることで、どのパートに注目しても理屈抜きの生理的快感を与えてくれるのです。RUSH的な複合拍子を巧みに活かしたリズム構成も効果的で、適度な集中状態を自然に引き出す“効き目”を生んでいます。アルバムとしての構成も完璧。全ての要素がこの上なく素晴らしい作品で、個人的には、似たような雰囲気を持つTOOLの諸作よりも更に優れていると思います。MESHUGGAHやCYNICの代表作と比べても一歩も引けを取らない大傑作であり、今こそ再評価されなければならない作品なのです。

このような傑作群を残したCORONERが解散した理由としては、所属レーベルのサポート不足に加え、変遷を続ける音楽性が一般の理解を越えた所に行ってしまったと自覚した、ということが大きいようです。
(ドラムスMarquis Markyのインタビュー(2011.12.21)http://m.thrashhead.com/coroner-marky.htmlに詳しいです。CORONERおよび自身の音楽活動(ハウスのユニットKnallKidsやAPOLLYON SUNほか)、スイスのメタルシーンの成り立ちなど、非常に読み応えのある内容です。全て訳し起こしてもいいくらいなのですが、長くなりすぎるのでそれは控えます。)
『Grin』の発表後、CORONERは実質的に解散していたようで、活動を続けさせようとするレーベルの動きに反発。契約問題をクリアするために制作したコンピレーションアルバム『Coroner』('95:新曲・旧曲のリミックスなど収録の優れた内容)の発表後、それに伴うツアーを消化し、'96年に公式に活動停止することになったのでした。

その後は、ギター(作曲面の柱)のTommyは「New Sound Studio」(スイス最大のスタジオの一つ)の経営とプロデュース業、ベース・ボーカルのRonは会社勤め、ドラムスのMarquis(歌詞やコンセプト面の柱)はアートコレクターの手伝いなど現代美術寄りのアシスタント業をして生活しており、KREATORに参加したTommyはともかく、RonとMarquisは楽器の演奏から完全に離れていたようです。ただ、その間もTommyは時折CORONERの再活動を(公式には否定しつつ)呼びかけていたようで、Marquisの「再び自分の手でドラムスをやってみようと思うまでには、4年ほどの時間を要した」という逡巡なども経て、'10年のHellfest(フランスの大規模メタル・フェスティバル)で遂にライヴでの復帰を表明。翌年のHellfest出演を皮切りに、当初は「ライヴを少しやるだけ、アルバムは(本業や家庭との兼ね合いで時間がとれないから)作れない」という合意のもと散発的なツアーを繰り返していました。しかし、「ライヴを繰り返しているうちにやる気になった」ことから活動を本格化させ、「再びアルバムを制作する」という意思を固めることに。そこで当初の考えを譲らなかったMarquisは残念ながら脱退してしまいましたが('14年の2月末)、後任のドラマーを加入させ、活動を続けているようです。順調にいけば'15年には新作が発表されるとのこと。どんな内容になるか予測できないぶん不安もありますが、とても期待できる話でもあります。

CORONERは本稿で扱うものの中で最も優れたバンドの一つです。心技体を完璧に並立する音楽性は全ての面で耳を悦ばせてくれます。過去作品が少し入手しづらいのが残念ですが、上に挙げた2枚(特に5th)だけでもなんとか聴いてみて頂きたいものです。