プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【プログレッシヴ・デスメタル】 GORGUTS(カナダ)

Obscura

Obscura


(3rd『Obscura』フル音源)'98

(5th『Colored Sands』フル音源)'13

カナダを代表する最強のデスメタルバンド。いわゆる「テクニカルデスメタル」「ブルータルデスメタル」の代表格と言われることもありますが、音楽的な出自は別のところにあり、そうしたスタイルを参考にしたことはないようです。初期デスメタルのシーンに深く入れ込みつつ、現代音楽寄りクラシック音楽にも大きな影響を受け、そのふたつを独自のやり方で融合。それにより生まれた5枚のアルバムはシーン屈指の傑作ばかりで、個性的で著しく高度な音楽性により、同時代以降のバンドに大きな影響を与え続けています。

GORGUTSの音楽的バックグラウンドは、リーダーであるLuc Lemayのインタビュー記事(2013.7.13:http://steelforbrains.com/post/55691852677/gorguts)で非常にはっきり表明されています。「何歳の頃にどんなものから影響を受けたか」ということをとても具体的に語ってくれている興味深い内容なので、ファンの方はぜひ読まれることをおすすめします。
少々長くなりますが、GORGUTSの音楽(それ単体を聴いているだけでは成り立ちを読み解きづらい)を理解するための最高の資料と言えるものなので、重要だと思われる部分をかいつまんでまとめておきたいと思います。

父親カントリーミュージックを演奏しており、自分も2年生の時にアコースティックギターを与えられてギター教室に通っていたりした。しかし、それにはあまりのめり込めず、ピアノで音楽の構造を解析したりすることの方に惹きつけられていた。
・同世代の多くの子供達と同様「Star Wars」の大ファンで、同作のサウンドトラックや、John Williams(アメリカを代表する映画音楽家)の作品などを愛好していた。
・8年生(日本の高校2年生に相当)のとき観た「Amadeus」に衝撃を受け、Mozartに興味を持った。学校はキリスト教系で、先生を通してMozartのBoxセットや、Paul Abraham Dukasの「The Sorcerer's Apprentice」など、大量のレコードを借りた。
・メタルに関しては、IRON MAIDEN『Maiden:Live in Japan』収録の「Running Free」、VAN HALEN1984』、旧い友人(Frank)達が演奏していたMETALLICA「Jump in The Fire」、それと同時期に発表された『Master of Puppets』、DIO『Last in Line』というような感じでのめり込んで行った。
・こうしたことにより、クラシック音楽とメタル(VOIVOD『War And Pain』('84)やIRON MAIDEN『Powerslave』('84)など)の双方を好む嗜好が出来上がっていった。
・8年生のある日(たしか11月)、別の市に住む大学生の友達に会いに行ったところ不在で、その時出会ったあるバンドの人々にリハーサルルームを見せてもらうことになった(バンドの本格的な機材を見たのはその時が初めて)。その時、POSSESSEDやCELTIC FROSTの話になり、DEATH『Scream Bloody Gore』('87年発表)のテープを「POSSESSEDの『Seven Churches』は好き?俺はこれ嫌いだから5ドルで譲ってやるよ」と言われ、即購入した。帰り道にウォークマンでそれを聴いたとき、人生が変わった。「自分もChuckのように歌ったりギターを弾いたりしたい!」と思った。それを機に自室で作曲を始めたのだが、その時点ではエレクトリックギターは持っていなかった。
・9年生の時にはエレクトリックギターを購入。文通やテープトレード(デモテープの郵送交換)も開始した。この頃SEPULTURA『Beneath The Remains』やOBITUARY『Slowly We Rot』を発見したし、ENTOMBEDのUffeなど、欧州アンダーグラウンドの構成員とも既に文通をしていた。
・「Slayer Magazine」(スウェーデン人Metalionが編集するこの世界を代表するファンジンで、北欧アンダーグラウンドシーンの紹介に大きく貢献)のフライヤーをもらったことをきっかけに、自分の録音していた2曲(「Calamitous Mortification」と「Haematological Allergy」)を「GORGUTSというバンドのテープを入手したから聴いてみてくれ」と書き添えてそこに送った。自分の音源のレビューが載った最初のメディアはそれで、これが「アンダーグラウンドに本当に足を踏み入れた瞬間」だったのだと思う。
・7年生の時には、Stephane Provencher(ドラムス:ともにGORGUTSを結成)やSteve Cloutier(ベース:3rdや4thで共演)などとも知り合いになっていた。「Slayer Magazine」の存在を教えてくれた友人Frankは彼らと3ピースのバンドを組んでいて、自分はそこに加入したかったが「3人組だから」ということで認められず、自分のバンドを組むことにした。StephanがFrankのバンドを脱退した後、'89年夏(高校卒業・17歳の時)に一緒にGORGUTSを結成することになる。
・こうした活動と並行して、クラシック音楽も学んでいた。6年生の時にピアノのレッスンを始め、2nd発表直前(21歳)にはバイオリンも学び始めた。その時、ShostakovichやProkofievのようなロシアの作曲家を知ることになる。これにはDEATHの1stと同じくらい衝撃を受けた。
その後Penderecki(「クラシック音楽におけるデスメタルのようなもの」)を知り、深くのめり込むようになる。
バンドがモントリオールに活動拠点を移した'95年にはビオラを1年学び、音楽学校に入って作曲を修めることになる。
・自分はヘヴィ・ミュージックにおいて“美学”を表現している。デスメタルというスタイルは、PendereckiやShostakovichをメタルの世界で演っているようなものだ。IRON MAIDENなども独自の美学のある非常に素晴らしいものなのだが(絵画におけるルネサンス期に例える)、その形では自分のやりたいことは表現できない。実際、『Colored Sands』はクラシック音楽的に書かれている。
・Pendereckiには完全5度(パワーコード)の少ない暗い雰囲気(マイナー寄りの音遣い)がある。デスメタルもそれに通じる音楽スタイルで、自分が惹かれる理由はそこにあると考える。デスメタルクリシェにとらわれない実験精神と美学に満ちたジャンルであり、自分はそれを愛する。

以上を読むだけでGORGUTSの音楽的な成り立ちはあらかた掴めるのではないかと思います。
・DEATH、POSSESSED、CELTIC FROST、SEPULTURA、OBITUARYなど
(全てCELTIC FROSTラインで語れるバンドで、“無調に通じるルート進行感”を持っています)
・PendereckiやShostakovich
(20世紀を代表するクラシック音楽家で、無調の技法を通過しつつそれに留まらない個性的な世界を描きました)
という2つの方向性を、双方に共通する音遣い感覚をベースに融合させ、デスメタルの音作り&演奏スタイルで表現してしまう。GORGUTSの音楽性は非常に複雑で、その作品は簡単には読み解けないものばかりなのですが、上のようなキーワードを知ったうえで聴くと、その方向性はむしろ非常に明快で、ブレずに探求し続けられているものだということがわかります。5枚のスタジオアルバムは、この2つの方向性が次第に前者寄りから後者寄りになっていく過程を描いたものとして、それぞれとても興味深く聴くことができるものなのです。

このバンドの作品の中で最も有名なのは3rd『Obscura』('98年発表)でしょう。前作までの「初期DEATHを高度な楽理で肉付けした」ようなスタイルから一気に複雑化した作品で、難解なフレーズ・コード遣いと入り組んだリズム構成は、(少なくともメタルの世界では)このバンドでしか聴けないものになっています。しかし、そこに“無闇に複雑にしようとした”“こけおどししてるだけで中身がない”“考えオチな感じ”は全くなく、奇怪なアレンジの全編に表現上の必然性を伴っています。演奏も実に凄まじく、クラシック音楽の厳格なスタイルに影響を受けたと思しき音色&響きのコントロールなどは完璧という他ありません。速いパートでも遅いパートでも繊細な表現力を発揮する演奏が、緻密な音響処理によって絶妙な分離感をもちながら溶け合わされているのです。他に類を見ない音楽性のために暫くはとっつきづらく思えるかもしれませんが、あらゆる点において最高級の仕上がりになっている大傑作なので、ぜひ聴いてみることをおすすめします。
(長く廃盤でしたが、'15年4月にめでたく再発されました。)
実はこの3rd、作編曲は'93年(2ndの発表直後)に全て完了していたようで(デモ音源集『…And Then Comes Lividity / Demo Anthology』で聴くことができます)、レコード会社の判断で'98年まで発表が延期されることになっていた「時代の先を行きすぎていた」作品でもあります。これが'93年に無事発表されていたらシーンの流れはどのくらい変わっただろうか…と考えさせられてしまう話ではありますが、'98年の時点でもジャンルの常識を圧倒的に超越していたわけで、早く発表されたところで「カルト名盤」としての位置付けはあまり変わらなかったのかもしれないとも思えます。現在の“アヴァンギャルドな”「テクニカルデスメタル」「ブルータルデスメタル」に大きな影響を及ぼしている作品ですし(GIGANやULCERATE、ブラックメタル寄りですがDEATHSPELL OMEGAなどもよく比較されます)、シーンの最先端にある音楽性と比べてもなお先を行っている強力な内容です。そういう観点からも興味深いのではないかと思います。
この後に発表された4th『From Wisdom to Hate』('01)ではカナダのメタルシーンを代表する(Lucに迫る)天才Daniel Mongrain(MARTYR、VOIVOD / ex.CRYPTOPSY)が参加しており、こちらも音楽学校でしっかり学んだ高度な楽理により、GORGUTSの強力な音楽性にうまく異なる味を加えています。3rdをコンパクトにしたような仕上がりもあって、とても興味深く聴ける内容。こちらもおすすめできる作品です。

この後GORGUTSは'05年に一度解散し、Lucは、ギターのSteeve Hurdleが主導するバンドNEGATIVAに参加することになります。しかし、Steeveの即興多めのスタイルに満足できず(先のインタビューで「自分は緻密に構築された作編曲が好き」と言っています)、また、Steeveが持ちかけた「そろそろGORGUTSも20周年。ファンのために新しいレコードを作ってそれを祝わないか?」という話に乗せられたこともあって、一気に再結成を実現させることになります。
(「自分も参加したい」と言っていたSteeveは加入させませんでしたが、良い友人関係を保っていたようです。Steeveはその後'12年に(手術後の合併症で)亡くなりました。)

そして'13年に発表されたのが5th『Colored Sands』です。これまでの高度な音楽性がより解きほぐされた形でまとめられた大傑作で、達人揃いのメンバー(DYSRHYTHMIAやORIGINなどにも所属)による演奏も、緻密でダイナミクス豊かな音響処理も、ともに最高の仕上がり。個人的にはこのバンドの最高傑作だと思います。
('14年11月の来日公演も信じられないくらい凄いパフォーマンスをしてくれました。その時のライヴレポートはこちら:https://twitter.com/meshupecialshi1/status/531071229864595456
このアルバムの製作時、LucはOPETHやSteven Wilson関連作(PORCUPINE TREE『The Incident』)などにハマっていたようで、アルバムのデモ演奏を聴いた友人の指摘なども合わせて、“長いスパンで展開していく時間感覚”“静と動の双方を生かした緩急表現”に意識的に取り組んでいたようです。『Colored Sands』ではそうした試みが見事に活かされており(音遣いなどの要素に関しては先の2者にはっきりした影響は受けていない:そもそも楽理などの知識ではLucの方が遥かに上でしょう)、ゆったりした緊張感をもって約63分の長尺を聴かせきる構成が出来ています。難解で抽象的な雰囲気にとても快適に浸らせてしまえるという点でも出色の作品であり、本稿で扱う全ての作品の中でも、「入門編」として特におすすめできる一枚です。ぜひ聴いてみることをおすすめします。

以上のように、GORGUTSは、作編曲・演奏表現・音響処理(スタジオ・ライヴともに)の全てにおいて最高レベルと言える凄いバンドです。作品そのものの魅力においても、このシーンの最先端をいく“エクストリームな”バンドへの影響力という点においても、比類なき存在感を誇る実力者でもあります。多少難解なところはありますが、聴いてみる価値は高いと思います。