プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【初期デスメタル】 DEMILICH(フィンランド)

20th Adversary of Emptiness

20th Adversary of Emptiness


(『Nespithe』フル音源:39分あたりまで)'93

フィンランドの初期デスメタルを代表するカルトな強者。一般には殆ど知られていませんが、このジャンル全体を見ても屈指と言える素晴らしい作品を残しました。巡り合わせの悪さのために正当な評価を得られなかったバンドの典型であり、場合によってはシーンのオリジネイターにもなり得た不運の実力者でもあります。再評価が待たれる優れたバンドです。

DEMILICHが残した唯一のアルバム『Nespithe』('93年発表)は、「初期デスメタル」と「テクニカルデスメタル」の良いところを組み合わせたような大傑作です。既存の何かを真似せずに自分の手で“一から作り上げた”複雑な音楽性と、効率化に走らない“熱さ”に満ちた優れた演奏表現力が両立されていて、音楽的にも雰囲気表現の面でも他にない個性が生まれています。MORBID ANGELやPESTILENCEなどと比べても見劣りしない格があり、アルバムとしての構成も完璧です。
この作品の印象を一言で表すならば「VOIVOD+クトゥルー系正統派デスメタル(MORBID ANGELなど)+後期DEATH」という感じなのですが、音遣いの“ダシ”の部分は少し異なっていて、そこにVOIVOD〜KING CRIMSON的な味わいはありません。
音楽性のほぼ全てを先導するリーダーAntti Boman(ギター・ボーカル)は、全音源収録盤『20th Adversary of Emptiness』用のインタビューで
NAPALM DEATHの『Scum』('87年発表・1st)に衝撃を受けてこのジャンルに入り、BOLT THROWER・PESTILENCE・CARCASS・NAPALM DEATHなどに惚れ込んでいた
・カバーは好まない:自分は常に自分独自のものを作ろうと努めてきた(コピーは二流のやること)
と語っており、ここに挙げられているようなバンドのエッセンスを参考にしつつ自分の手で“一から作り上げる”ことにより、こうした複雑な音楽性ができてしまったということのようです。
特殊な浮遊感を漂わせながら妙な引っ掛かりを生むフレーズがあまりコード付けされずに放り出されているスタイルなのですが、BOLT THROWERやPESTILENCEを聴いてその音遣い感覚を知ることにより、このようなフレーズの“基準点”“座標軸”のようなものを感覚的に把握することができ、奇妙な作編曲を全編にわたって納得できるようになります。他にあまりない“ダシ”からなる音楽性なため、はじめは掴みづらい部分も多いのですが、上のようにして勘所を知ってしまえば、淡白にドロドロした独特の味わいに酔いしれることができるようになるのです。非常に印象的なメロディ揃いのギターソロもノンエフェクトの超低音ボーカル(リバーブ以外は一切加工していない)も素晴らしく、リードパートの存在感は強力無比。ジャズ・ロック的な機動力と“間”の表現力を両立したドラムスなど、他のパートも手練揃いで、作編曲だけでなく演奏面においても、只ならぬ強力な雰囲気を楽しむことができます。全ての点において充実した「初期デスメタル」「テクニカルデスメタル」の大傑作です。

ただ、こうした作品をモノにしたのにもかかわらず、このバンドがリアルタイムで正当に評価されることはありませんでした。数多くのレコード会社にデモ音源を送りながらも、複雑な音楽性が災いしてか、多くの場合まともな反応を得ることはできず、契約に至ったNecropolis Recordsもアメリカの弱小レーベルで、上記フルアルバムのために与えられた制作費は乏しく(6日以内に全作業をこなさざるを得なかったようです)、プロモーションも殆どなし。本活動中はアメリカはおろかヨーロッパツアーさえ組むことができず、上記フルアルバムの発表1週間後に行われたスウェーデンストックホルムでのライヴ(友人関係にあったCRYPT OF KERBEROSに招かれ、DEMIGOD・ETERNAL DARKNESS・UTUMNO・NEZGAROTHらと一夜のみのイベントを行った)を除けば、'95年の活動停止まで一度もフィンランド国外でライヴをすることはできなかったようです。
こうした巡り合わせの悪さや、「サブジャンルの間ですら相互扶助のあったシーンが、ブラックメタルやその他のクソガキどもにより分断され、あらゆることに疲れてしまい、何のインスピレーションも得られなくなってしまった」というシーンへの失望などもあってか、メンバーは『Nespithe』発売直後(2週間後あたりとのこと)から徐々に活動意欲を低下させていったようです。そこですぐに解散したわけではなく、デスメタル以外の音楽を演奏したりしていたようですが、次第にその機会も減っていき、リハーサル場所を失う頃には全くやらないようになってしまったとのこと。その後は、ベーシストがポップ・ロックプロジェクトの方に向かったのを除けば、Anttiを含む他のメンバーは(音楽的には)何もせずに暮らしていくことになったのでした。

しかし、こうした状況は'98年頃から少しずつ変わっていくことになります。『Nespithe』を後追いで発見し、当時の常識(「テクニカルデスメタル」の現役バンドなど)との比較から新鮮な衝撃を受けた若い世代の声が増えてきたことにより、Anttiは一度失った意欲を少しずつ回復することになったのです。'02年にはテスト運転を始め、'05年〜'06年には数曲の録音とツアー(アメリカ含む)〜“1回目の最終ギグ”を、'10年には“最後の最終ギグ”を行い、その後も、かつてリハーサル場所に使っていた建物が取り壊されるということで'13年2月に行った“完全非公式のさよならリハーサル場所ギグ”など、断続的に活動を継続。そして、'14年には正式に再結成し、'15年3月にはフェスティバル出演を実現するなど、「確約はできないが(はっきりした約束はしたくない)、今後もやっていく可能性は十分ある」という考えのもと、マイペースな活動を続けているようです。

他の項で触れているBLIND ILLUSIONやCONFESSORなどもそうなのですが、アンダーグラウンドな音楽シーンにおいては、こうした“不運の実力者”が少なからず存在します。シーンの歴史全体を見渡しても屈指の大傑作を残したのに、狭いシーンの中ですら十分な認知を得られないために、誰にも知られず活動を停止していってしまう。そうしたバンドは一部のマニアの間で細々と語り継がれ、「カルトな名盤を残した実力者」としての名声を得ることはできるのですが、ニッチなジャンルの外から評価される機会を得ることは殆どありません。こういう“歴史の闇に埋もれた大傑作”はメタルに限らずどんな世界にも存在し、後の世代による発掘を待ち続けています。このような発掘はアンダーグラウンドシーンを掘り下げるにあたっての最大の楽しみと言えますが、そんな(熱意と労力の要る)作業は本来不要なものです。誰もが容易にこうした大傑作に触れられる環境こそが“あるべき”状況なのです。
「DEMILICHのような不遇のバンドが正当な評価を得るきっかけを提供する」というのは本稿の主な目的の一つです。このようなバンド達に注目して頂ける方が少しでも増えれば幸いです。

DEMILICHの音源は、その全て(リマスタ前)が彼らのホームページにアップされており、無料でダウンロードすることができます。
ぜひ聴いてみることをおすすめします。