プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【初期デスメタル】 SEPTIC FLESH

Great Mass

Great Mass


(2nd『Esoptron』フル音源)'95

(3rd『Ophidian Wheel』フル音源)'97

(7th『Communion』フル音源)'08

(8th『The Great Mass』フル音源)'11

'90年結成。いわゆる「シンフォニック・デスメタル」「ゴシックデス」の代表格とされますが、そう呼ばれるものの中では突き抜けて高度な音楽性を持ったバンドです。80〜90年代エクストリーム・メタルの豊かな音楽的語彙が、正規の音楽教育によって培われたオーケストラ・アレンジの技法により個性的に強化される。作編曲能力も演奏表現力も圧倒的で、全ての面において極めて充実した音楽を聴かせてくれます。現在のメタルシーンにおいて最も優れたバンドのひとつです。

SEPTICFLESH('90〜'03年はSEPTIC FLESH名義、一度解散して再始動した'07年からは2単語をつなげてSEPTICFLESH名義になりました)の音楽的ルーツは、様々なインタビューでかなりはっきり示されています。
・IRON MAIDEN、MORBID ANGEL、CELTIC FROST、DEATH、PARADISE LOST
(この日本語インタビューhttp://www.hmv.co.jp/news/article/1406300071/だけでなく、どんな国での取材でも上記の5バンドを影響源の筆頭として挙げています)
・Paderewski、Stravinsky、Xenakisなどの近現代クラシックや、Elliot Goldenthal、Hans Zimmerなどの映画音楽
オーケストレーション担当のChristos Antoniouの影響源)
など。
こうしたものに加え、ギリシャ〜地中海音楽(9〜15世紀に発展したビザンティン音楽ほか、歴史的に重要な作品の宝庫)の要素も端々にみられます。
以上のような複雑な音楽的滋味が、当地特有の“歌謡”感覚・空気感(もしくは、地下室の天窓から強い陽がさしてきて光と影のコントラストができるような明暗のバランス)をもつ渋くメロディアスなかたちに整えられる。混沌とした豊かさを明晰に語りきる作編曲により、聴きやすさと奥深さが両立されているのです。

SEPTICFLESHの中心メンバーは
Sotiris Vayanas(ギター・クリーンボーカル)
Christos Antoniou(ギター)
Spiros Antoniou(ベース・リードボーカル
の3名。SpirosとChristosは実の兄弟です。
この3名がともに作曲に関与し
(Christosによれば「各人がアイデアを出し合うスタイルが絶妙なバランスで機能している」とのこと)、
その上で
・Christosがオーケストラパートのアレンジを全て担当
・曲ができたらそれをもとにSotirisが作詞
ギリシャやエジプトの神話、ラヴクラフト神話体系、夢の話など:殆どの場合「曲先」とのこと)
・アルバムジャケットなどのアートワークは全てSpirosが担当
PARADISE LOSTやNILE、MOONSPELLなど、数多くのエクストリーム・メタルバンドのそれを担当:こんな感じの作品ですhttp://photo.net/photos/SethSiroAnton
というふうにして、バンドメンバーだけであらゆる要素をまかなっていきます。そしてその全てが極めて高い品質を保っているのです。このような運営ができているという点でもとても興味深いバンドです。

SEPTICFLESHの発表した作品はその全てが他に類を見ない傑作ですが、とりあえず聴いてみるものとしては、上の4枚のうちのどれかがいいのではないかと思います。

2nd『Eσοπτρον』(英語表記では『Esoptron』(ギリシャ語で“Inner Mirror”というような意味とのこと):95年発表)は、Christosがロンドンの音楽大学に作曲を学びに行き('99年に学士・'00年に修士を取得)、ギリシャに残った2人だけで制作することになった作品です。Sotirisが作編曲と作詞の全てを手掛けた一枚で、後の壮麗なオーケストラ・アレンジとは異なる(アングラ感の強めな)仕上がりになっているのですが、それが非常にうまく機能していて、噛めば噛むほど味が出てくる素晴らしい“歌モノ”揃いのアルバムになっています。全体の流れまとまりも申し分なく、バンドの代表作と言える傑作の一つです。
これ以降は再びChristosが復帰し、大学の作曲科で学んだアレンジの技法を巧みに活かし始めます。3rd『Ophidian Wheel』('97年発表)は、そういう編曲技法と初期のアングラ感が絶妙なバランスで両立されている傑作です。IRON MAIDENのような“正統派”のスタイルを荘厳に熟成させたような音遣いも見事で、いわゆる“クサメロ”にならない渋いメロディを満喫することができます。NWOBHMゴシックメタルを混ぜて地中海風に料理したような仕上がりはありそうでないもので、その両ジャンルのファンにアピールするものなのではないかと思います。
ちなみに、1st〜4thでは、クレジットのドラムスの所に「Kostas(session)」という名前が載っていますが、実はこれ、人間ではなくドラムマシンです。予算の関係からほぼ全編に渡ってマシンが活用されているのですが、他のパートの完璧なアンサンブルにより、人力のドラムスに全く見劣りしない(というかそれ以上の)レベルで巧く活かされているのです。言われなければわからないくらい自然に使われていて、聴いていて違和感を感じる場面はありません。そういう点においても非常に興味深い作品群です。

この後バンドは6th『Sumerian Daemons』('03年)の発表直後に一度解散することになります。
その理由としては
・所属レーベルからの資金援助が不十分で、継続が難しかった
・Christosが作曲家の仕事でロンドンに行かなければならなかった
・Spirosもアートワークの仕事で多忙になっていた
ということなどが大きかったようです。こうしてSEPTIC FLESHはしばらく凍結されることになったのですが、その間もファンの「復活してくれ」という要望は鳴り止みませんでした。それに応えるかたちでバンドは'07年に復活。新しいレーベルからのサポートもあって、以前は殆どできなかった海外ツアーも頻繁に行えるようになり(Sotirisは銀行員の仕事のため長期ツアーには出られず、海外公演では代役を立てています)、メンバーの意識としてはここで初めて「バンドが始動した」ということのようです。

7th『Communion』('08年発表)はそうした流れで作られた傑作で、活動停止前では資金的な問題で使えなかったフルオーケストラが全編に渡って導入されています。Christosの入念なリサーチによって選ばれたのはFilmharmonic Orchestra of Prague
プラハのオーケストラで、映画やテレビ、ゲーム音楽などの録音に多数参加している:RHAPSODY OF FIREやDIMMU BORGIRなどシンフォニックなメタルバンドにも起用され、後者とはWackenのステージでも共演している)
で、SEPTICFLESHの作品としては群を抜いてリフ・オリエンテッドで攻撃的なスタイルに、不穏な柔らかさと奥行きを加えています。このアルバムの曲は印象的な上に聴き飽きにくいものばかりで、コンパクトに押し切る思い切りのいい構成もあって、バンドのスタイルに慣れていない人からすれば最もとっつきやすいものなのではないかと思います。入門編としてもおすすめできる一枚です。
続く8th『The Great Mass』('11年発表)と9th『Titan』('14年発表)においても同オーケストラが参加しており、複雑に洗練された作編曲を絶妙に盛り立てています。
(ロックやメタルにありがちな「オケの演奏はてきとうで“曲にそぐう歌い方をしていない”」というパターンとは一線を画します。)
どちらも大変優れた作品で、聴き込む価値は高いです。アルバム全体の流れまとまりの良さでは『Titan』、音作りと演奏の強力さでは『The Great Mass』というところでしょうか。個人的には『Titan』の音作りは「響きの美味しい所を削りすぎて色合いが乏しくなってしまっている」と感じられていまいちのめり込めないのですが(100回ほど聴き通した上での感想です)、それも好みの問題ですし、他の要素は申し分なく完璧です。聴いて損することはないと思います。

ここで触れなかったアルバムも優れた作品揃いで、メタルはおろか他のジャンルでも聴けない“混沌とした豊かさ”に触れることができるものばかりです。個性的な深みと聴きやすさを両立した極上のバンド。ぜひ聴いてみることをおすすめします。