プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【プログレッシヴ・デスメタル】 SADIST(イタリア)

ハイエナ

ハイエナ


(1st『Above The Light』フル音源)'93

(2nd『Tribe』フル音源)'96

(3rd『Crust』フル音源プレイリスト)'97

(4th『Lego』から「A Tender Fable」)'00

(5th『Sadist』フル音源)'07

(6th『Season in Silence』フル音源)'10

(Tommy Talamanca『Na Zapad』フル音源)'13

(7th『Hyaena』から1曲目「The Lonely Mountain」)'15

'90年結成。デスメタルに本格的にキーボード/シンセサイザーを導入した最初のバンドの一つと言われます。しかし、作編曲や演奏のスタイルは一般的な「デスメタル」「シンフォニックメタル」と大きく異なるもので、他では聴けない高度で独創的な作品を生み続けています。カルトで神秘的な雰囲気はイタリア特有の空気感に満ちており、そうした味わいを口当たりよく吞み込ませてしまう音楽センスは驚異的。この稿で扱う他の「プログレデス」バンドと比べても見劣りしない実力の持ち主です。

SADISTは「イタリアを代表するB級スラッシュメタルバンドNECRODEATHのリーダーPeso(ドラマー)によって結成されたバンド」と紹介されることが多いですが、音楽的なリーダーはギタリスト/キーボーディストTommy Talamancaの方です。10歳でクラシックギターを学び始め、15歳の時にエレクトリックギターに転向する一方でピアノも学び始めたというTommyは、まず70年代プログレッシヴ・ロックEL&PEmerson, Lake & Palmer)、YES、GOBLINなど)やRUSHなどに影響を受け、その後80年代後期のスラッシュメタルデスメタル(特に重要なのはSLAYERとANNIHILATORとのこと)に感化されたと言います。そうした音楽の要素を深く汲み取りつつ、“歌モノ”を重視するイタリア音楽の流儀、そして地中海(欧州〜中近東の中継地点)ならではの雑多な民族音楽のエッセンスを組み合わせ、奇妙でキャッチーな曲を生み出してしまう。こうした作編曲のセンスは「いろんなものから影響を受けながらも安易に真似をせず独自のものをイチから築き上げる」姿勢に支えられたもので、同じようなバックグラウンドを持つバンドとも異なる“他では聴けない”強い個性を勝ち得ているのです。現在までに発表した7枚のフルアルバムは(評価が分かれるものもありますが)全てが“このバンドにしか作れない”傑作で、一聴の価値があるものばかりです。

1st『Above The Light』('93年発表)は、いわゆる「プログレッシヴ・デスメタル」創成期を代表するカルトな名盤の一つです。音楽性を一言でいえば「初期DEATH+GOBLINやEL&P」というところでしょうか。クラシカルなリードフレーズ(YngwieなどのいわゆるネオクラシカルHR/HMとはメロディもコード進行も質が異なる)を積極的に繰り出すギター&キーボードはTommyが一人で弾き分けているもので(ライヴでも今に至るまで「2つを同時に演奏している」ようです)、強烈な主張をし合いながらもどちらかが浮いてしまうことがありません。多様なリードフレーズを活かすためのアレンジがよく練られており(後の作品と比べると“崩れた”印象はありますが)、いわゆるメロディックデスメタルの「派手なメロディばかりでバッキングはつまらない」所を嫌うデスメタルファンもそんなに抵抗なく楽しめるのではないかと思います。
また、このアルバムで特徴的なのがPesoによるドラムスで、スラッシュメタルブラックメタル的に暴れる“崩壊型”のフレージングにより、音楽全体に雑で威勢のよい印象を加えています。これは上品で整ったものを好む人からすると食いづらい要素なのですが、神秘的で強力な音楽性に良い意味での猥雑さを付加することができていて、アルバムの独特の雰囲気作りに大きく貢献しているのではないかと思います。この時代のこのシーンからしか生まれなかった個性的な傑作で、当時の空気感を味わうために聴いてみる価値も高い作品と言えます。

2nd『Tribe』('96年発表)は、バンド全員が集まって作曲したという1stとは異なり、Tommyが全曲を作ってそれを全員でアレンジするという方針が取られた作品です。19世紀後半のクラシック音楽に通じるコードワークが主だった1stに対し、この2ndでは地中海音楽や20世紀初頭のクラシック音楽バルトークストラヴィンスキーなど)に通じる複雑な音遣いが全面的に導入されており、しかもそうした要素を印象的なリードフレーズにより耳当たりよく提示することができています。展開の多い曲構成を勢いよく形にするテクニカルな演奏も好ましく、「中期DEATH〜CYNICをSEPTIC FLESHと混ぜ合わせた」ような感じになるところもあります。その上で全曲が他では聴けない味を持っていて、優れた個性に満ちたアルバムになっているのではないかと思います。このバンドを代表する傑作であり、いわゆるプログレデスの歴史においても屈指の名作の一つです。インパクトと聴き飽きなさを併せ持った作品で、聴いてみる価値は非常に高いです。

続く3rd『Crust』('97年発表)は、初期からのドラマーPesoと前作のみに参加したシンガー&ベーシストが脱退し、一時的に抜けていたオリジナルベーシストAndyが復帰した作品です。選任ボーカリストとして加入したTrevorはエクストリームメタルの歴史全体をみてもトップクラスの実力者で、個性的で豊かな響きと巧みなトーンコントロールにより、音楽の“顔”としての圧倒的な存在感と表現力を発揮しています。そうした人材を得たことで、作編曲も必然的に「歌を活かす」ものになり、「魅力的なリードフレーズを大量に投入しながら曲全体としてはコンパクトで聴き通しやすい」洗練された仕上がりになっているのです。音遣いは前作を引き継ぎつつさらに深化しており、「シンフォニックなインダストリアルメタル」というようなスタイルの上で「CYNICをファンタジー系RPGの劇伴に仕立て上げた」ような印象もあります。他では聴けない怪しく魅力的な音進行を気軽に楽しめる「歌」作りは見事の一言で、アルバムとしての構成は多少そっけない部分もありますが、極めて聴きやすく“伝わりやすい”傑作なのではないかと思います。入門編に最も適した一枚です。

3rdから3年の間をおいて発表された4th『Lego』('00年)は、バンド自身も認める「問題作」です。前作までのアグレッシヴなエクストリームメタル路線から一転、「ゴシカルなディスコ風味のあるインダストリアルメタル」という感じのスタイルに変化した一枚で、メロディアスな歌(いわゆるクリーン・ボーカル)を前面に押し出す4分位の「歌モノ」が15曲収められています。楽器のソロパートなどで複雑に展開するパートをばっさりカットし、ミステリアスで攻撃的な印象も引っ込めたこの作品は、それまでのファンからは強く批難され、一般的な音楽ファンの注目を集めることもできないという「中庸路線をとってどちらにも引っ掛からない」ものになってしまいました。レビューや評価も悪いものばかりで、バンド内の雰囲気は険悪になっていたようです。それをうけた話し合いの結果、バンドは活動休止を決定。長く沈黙することになりました。
しかし個人的には、この作品自体は決して悪いものではないと思います。それまでの作品にあったような雰囲気を求めると肩透かしを食うというだけで、各曲のフレーズはそれまで以上に冴えています。「同じ地中海出身のSEPTIC FLESH(ギリシャ)にディスコ〜インダストリアルメタル風味をつけてコンパクトにまとめた」感じの曲は全て良い仕上がりで、約60分あるアルバム全体の流れはやや平坦になってしまっているものの、他では聴けない優れた歌モノの魅力に浸ることができるのです。慣れさえすればいくらでも楽しんで聴き込める作品で、個人的にはSADISTのカタログ中でも上位(3〜4番目くらい)に入る傑作だと思っています。他の作品に感銘を受けた方はぜひ聴いてみてほしい作品です。

問題作『Lego』に伴う7年の活動休止を挟んで発表された5th『Sadist』('07年)は、自身の名を冠したタイトル通り、バンドメンバーも誇りに思う仕上がりの作品です。「はじめの3枚の良いところを集約した内容にしたかった」という発言通りの音楽性なのですが、2ndあたりの音進行を独自に熟成させたような音遣い感覚が優れた“仮想の民族音楽”を生んでいて、他では聴けないこのバンド特有の味わい(“ダシ”の感覚)が改めて確立されています。このアルバムはリズム構成も強力で、過去の4枚にはなかった複合拍子を滑らかに繋げるアレンジが見事です。そしてそれを形にする演奏も素晴らしい。前作で加入したドラマーAlessioとオリジナルのベーシストAndyはともにこのジャンルを代表する名人で、“無駄撃ちせず隙間を活かす”多彩なフレージングがどこまでも興味深いですし、ボーカルのTrevorは先述のような圧倒的な表現力を、奇妙な“字余り”を伴う独特の譜割のもとで個性的に提示してくれます。Tommyのギターはその3人と比べると技術的には冴えない感じがありますが、きっちりカッティングしきらず滑らかにぬめりまとわりつくタッチは他にありそうでない味を持っていて、優れたフレーズを面白く聴かせてくれるのです。こうした演奏を美味しく聴かせるサウンドプロダクションも極上の仕上がりで、全ての要素が申し分なく優れたアルバムになっていると思います。個人的にはちょっと“際立ったリードフレーズが少ない”淡白な印象も受けますが、完成度の高さでは全作品中一・二を争う傑作です。イタリアのプログレ/劇伴音楽を代表するバンドGOBLINのClaudio Simonettiによる「Sadist」(1st収録曲)アレンジも良い仕上がりで、アルバムの末尾を神秘的に締めくくっています。

続く復帰第2作『Season in Silence』(6th:'10年発表)は、他では聴けないSADISTの個性が真の意味で確立され始めた作品と言えるでしょう。キャリアの総括と言える自信作『Sadist』で一つの区切りをつけ、それまでに手を出していなかった新たな領域に踏み出したような印象のある一枚で、過去作の暗くミステリアスなイメージに縛られない音遣いが豊かに開発されているのです。アルバムのコンセプトは「冬の寒さにまつわる様々な感情・雰囲気」で、それが(北欧のような“元々寒い”場所でない)イタリアならではの光度感覚(光と影のコントラストがはっきりしていて両者が鮮明という感じ)や空気感のもと、「雪原の上で白昼夢をみる」ような独特の世界観が描かれています。従来の“仮想の民族音楽”的な音遣いは影響源の特定がさらに難しいものになり、他のバンドに容易に真似できない個性が強力に確立されています。一つ一つのフレーズの“切れ味”(インパクト)と“切れ込みの深さ”(手応え・聴き飽きなさ)はともに過去最高で、卓越した演奏とあわせて終始興味深く聴き入ることができます。アルバムの流れは多少生硬く、滑らかな流れを損なっているように思えてしまう並びもあるのですが、全体の構成バランスは悪くなく、繰り返し聴き込み楽しめる内容になっていると思います。同年に発表されたCYNICの2ndなどと並べても見劣りしない傑作です。

SADIST名義の作品ではないですが、リーダーTommy Talamancaのソロアルバム『Na Zapad』('13年発表)も並べて語るべき傑作です。「ここ15〜16年の間にSADIST用に書いたけれどもメタル度が少なくて採用しなかったもの」を主体にして作られたアルバムで、SADISTの“仮想の民族音楽”的な音遣い感覚が、より豊かな広がりをもって柔らかく表現されています。ドラムス以外の全楽曲(ギターやベース、ブズーキなどの弦楽器、キーボードやタブラほか)をTommy一人で演奏し6ヶ月ほどの期間をかけて(他の音楽活動や仕事の合間に)製作したというこのアルバムは、「ギタリストのインスト作品」にありがちな「無駄に弾きまくりたがるテクニカル志向」とは無縁の、口ずさめるくらい印象的なメロディに満ちた「歌モノ」になっています。Pat Metheny風の音色やフラメンコを独自に解釈したような音進行が冴える場面もある各曲は興味深いものばかりで、全体の構成も非常に整っており、豊かな音楽性を快適に楽しめる一枚と言えます。SADISTの傑作群と並べても見劣りしない充実作で、機会があればぜひ聴いてみてほしいアルバムです。

このソロアルバムを挟んで5年ぶりに発表された7th『Hyaena』('15年)は、25年にわたるSADISTの活動が最高の形で結実した大傑作です。2〜3年の時間をかけて丁寧にアレンジされたという各曲はその全てが超強力なフレーズに満ちていて、複合拍子を連発する複雑なリズム構成
(例えば4曲目「The Devil Riding The Evil Steed」における〈18+11拍子→8拍子→5拍子→6拍子→4拍子→7+8拍子→…〉など)
も、慣れて俯瞰できるようになると「これがベストの形なんだ」とわかります。全ての曲が独自のロジックで鍛え上げられた“美しい畸形”で、繰り返し聴き込むほどに深い
納得感が得られるのです。アルバム全体の構成も“一線を越えて”完璧で、異なる風景を描く各曲が申し分なく優れたバランスで並べられ、一枚を通して美しい均整を描いていきます。前作で確立された独自の音遣い感覚もさらに成熟されたものになっていて、他では聴けない個性を快適に聴き込むことができます。もちろん演奏も見事の一言。特有の“ファンタジックで薄気味悪い”雰囲気を魅力的に描き出してくれています。
このアルバムは正直言って過去作とは“ものが違う”大傑作で、いわゆるプログレデスの歴史においても屈指の出来栄えを誇る作品なのではないかと思います。海外サイトなどでは悪い評価も見られますが、気にせず聴いてみてほしい素晴らしい作品です。

SADISTのメンバーはNadir Musicという会社を運営しており、TommyはNadirの支配人としてプロデューサー・エンジニアを、Trevorはライヴプロモーターと広報を担当しているようです。メンバー全員が「音楽だけで食えている」ようで(AndyとAlessioについては具体的な活動をつかめませんでしたが、スタジオミュージシャンとしても食いっぱぐれのない超絶技巧の持ち主ですし、そちらで活動しているのでしょう)、そういうところもバンド本体に良い影響を与えているのではないかと思われます。
興味深い活動をしているわりにあまり注目されてこなかったバンドですが、大傑作『Hyaena』を出して再び活発なライヴツアーも行うようですし(SADISTは元々イタリア国外の欧州を精力的にツアーし続けてきたバンドです)、これを機に正当な評価を得てほしいものです。