プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【ブラックメタル出身】 ORANSSI PAZUZU(フィンランド)

Vaeraehtelijae [12 inch Analog]

Vaeraehtelijae [12 inch Analog]


(1st『Muukalainen Puhuu』フル音源)'09

(2nd『Kosmonument』フル音源その他)'11

(3rd『Valonielu』フル音源)'13

(4th『Värähteijä』フル音源)'16


2007年結成。“ORANSSI”は“orange”(オレンジ)、“PAZUZU”はアッシリアやバビロンの神話における悪魔の名前を指すとのこと。70年代のサイケデリックプログレッシヴロックや90年代のオルタナティヴロックなど、膨大な音楽要素をシンフォニックなブラックメタルに溶かし込むスタイルを探求し続けており、高度で個性的な音楽性によりメタルシーンの内外から大きな注目を集めています。10年間で発表したアルバムは4枚のみですが、その全てが構造的強度と直情的な雰囲気表現力を両立する傑作です。ブラックメタルファンでない方も聴く価値が高いバンドです。

ORANSSI PAZUZUはフィンランドの“シュルレアリスティックなロックバンド”KUOLLEET INTIAANIT(2000〜2007)のメンバーだったJun-His(ギター・ボーカル)がOntto(ベース)と創設したバンドで、結成のきっかけは2人が観たEMPERORのライヴだったようです。2013年のインタビューによれば、「メンバーは非常に多くのバンドや音楽スタイルにハマっていて、好みも一人一人違っている。その上で最も重要なものを挙げるとすれば、フィンランドのCIRCLE(註:同郷のWALTARIにも通じる超絶なんでもありミクスチャーバンド)、DARKTHRONE、CAN、KING CRIMSONSONIC YOUTH、ELECTRIC WIZARDなどが該当すると思う」というふうに、いずれ劣らぬ音楽マニアバンドたちを影響源として並べています。ORANSSI PAZUZUという名前は彼らの音楽の二元性を象徴するもので、“PAZUZU”は彼らの表現志向(闇・未知・神秘・未踏の音楽的領域)を、“ORANSSI”(=オレンジ)はブラックメタルの“伝統的な”色合いに通じつつも対極に位置する(「白黒フィルムにいろんな色を重ねたような」)サイケデリックな側面や宇宙のエネルギーを指すとのこと。そうした姿勢が示すように、スタジオにおいては「ジャムセッションを通した製作方法もカッチリした作曲に基づくやり方も両方採用し、その2つをできうる限りの様々なやり方で組み合わせている」ようです。創設メンバー2人が用意した書き譜をメンバー全員がアレンジし、予想外のヒネりを積極的に生み出すことで、精密に作り込まれた構造と小綺麗にまとまりすぎない勢いを併せ持つ作品が生まれるというわけです。

2009年に発表された1stフルアルバム『Muukalainen Puhuu』では、「初期のARCTURUSやMANES、LIMBONIC ARTといったシンフォニック・ブラックメタルにHAWKWINDや初期ASH RA TEMPELに通じる暗黒宇宙感覚を加えた」感じの雰囲気が、様々な曲調で表現されています。後の作品で主体になるアンビエント〜ドゥーム寄りの展開もありますが、フィンランドブラックメタル(BEHERITなど)に特徴的な(MOTÖRHEAD〜ハードコアパンクに通じる)爆走スタイルも多用されており、Jun-Hisの気合の入ったガナリ声も相まって、“高度で複雑”な音楽のつくりよりも“得体の知れないエネルギーに満ちている”勢いの凄さの方が前面に出ています。メロトロンや各種アナログシンセ音色をフィーチャーした攻撃的なシンフォニック・サウンドも魅力的で、耳の早いブラックメタルファンの間で大きな話題になりました。流通枚数の少なさのためか長らく現物を入手するのが難しいアルバムだったのですが、2017年の4月に再発が決定。後の作品にハマった方はぜひ聴いてみてほしい傑作です。

上記1stアルバムではまだ既存のブラックメタルを参照した形跡が各所に残っていましたが、2010年に発表されたCANDY CANEとのスプリット・アルバム(ORANSSI PAZUZUは4曲27分収録)ではそうした影響源の痕跡を同定するのが難しいくらい“溶かしほぐされた”音遣いが展開されています。長尺をゆったり語り継いでいく曲構成はだいぶアンビエントな感覚を増しており、聴き手をぼんやり没入させる力が確実に増しています。そうした意味で前作1stフルと次作2ndフルを繋ぐ作品と言えるのですが、他の作品にない興味深い要素(例えば4曲目「Farmakologisen kultin puutarhassa」におけるALICE IN CHAINS的リフなど)も多く、単体として楽しめる優れた内容になっています。

この翌年に発表された2ndフルアルバム『Kosmonument』は、以降に連なるORANSSI PAZUZUの“攻撃的なドゥーム&アンビエント”的スタイルが確立された大傑作です。反復するリフの背景で多彩なフレーズが微細に変化する複層アレンジは“モノトーンな没入感覚”と展開の豊かさを見事に両立しており、ELECTRIC WIZARDやCANなどに通じる“気の長い時間感覚”とあわせて強力な酩酊感をもたらしてくれます。既存のシンフォニックなブラックメタルに通じる要素(仮面舞踏会を想起させる荘厳なクラシカルフレーズなど)を含みつつそれらと一線を画してもいる音遣いは優れて個性的で、ノルウェーフィンランドにおける初期ブラックメタルの名バンドに通じる脱ジャンル的存在感を確立しています。朦朧としつつ宇宙の底に沈んでいくような暗黒浮遊感(初期ASH LA TEMPELのようなジャーマン・ロックに通じる)も実に味わい深く、このバンドの作品としてはやや落ち着き気味なテンションもあって、気疲れせず浸れる度合いではこのアルバムがベストだと思われます。個人的には最も肌に合う一枚です。

これに続く3rdアルバム『Valonielu』(2013年発表)では、1st・2ndと同様「全てのベーシック・トラックをライヴレコーディングした」上で、それまでになかった大量のオーバーダブ(重ね録り)が施されているようです。従ってそのぶん作編曲は分厚く緻密になっているのですが、直感的なノリは全く損なわれておらず、攻撃的な勢いはむしろ大きく増しています。10分を越える大曲も初めて収録されており(それまでは約9分が最長だったが本作には15分・12分の曲がある)、その長さをハイテンションで通しきる演奏表現力は大変なもの。構造的強度と直情的な雰囲気表現を高いボルテージで両立しているという点ではベストでしょう。カタログの中ではなんとなく地味な印象のある一枚ですが、非常に充実した作品です。

現時点での最新作『Värähteijä』(2016年発表)はバンドがこれまでに培ってきた全ての要素が最もバランスよくまとめ上げられた大傑作で、メタルシーンの内外で高い評価を集めました。(メタル系・非メタル系メディア双方の年間ベストトップクラスに入るなど。)70年代ジャーマン・ロックや90年代オルタナブラックメタルなどのエッセンスを独自の配合でまとめ上げたような音遣い感覚は正しくこれまでの延長線上にある感じですが、本作においてはそれらが強力なリズム構造の上で実に効果的に活用されています。「5拍子や7拍子の枠内で巧みなアクセント移動をするメインリフをひたすら反復し、そこに絡むフレーズが様々に変化していく」というふうな作りはTOOLにも通じる(しかも見劣りしない)もので、“テンションの高さと朦朧とした鎮静感覚を両立する”独特の演奏表現力との相性は抜群。全編を通しての緩急構成・ペース配分も申し分なく良く、トータルアルバムとしての完成度・洗練度はこれがベストでしょう。(この手の音楽性に慣れている方には)入門編としても良い一枚だと思います。

ORANSSI PAZUZUが何よりすごいのは「豊かな素養をベースにした高度な音楽性なのにペダンティックな感じが全くない」ところでしょう。徹底的に考え抜いて作っているのに小賢しい印象がなく、良い意味で“アタマの悪い”勢いが前面に出ている。ストレートな訴求力と神秘的な奥行きを両立する姿勢は、初期ブラックメタルシーンの精神性を正しく受け継ぐものと言えます。最近注目を集め始めたからか(DEAFHEAVENやALCESTなどと同じく)“ハイプな”扱われ方をする機会も増えてきているようですが、気にせず聴いてみてほしい優れたバンドです。