プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【プログレッシヴ・デスメタル(便宜上)】 ATHEIST(アメリカ)

Unquestionable Presence (Dlx)

Unquestionable Presence (Dlx)


(1st『Piece of Time』フル音源)'89

(2nd『Unquestionable Presence』フル音源)'91

(3rd『Elements』フル音源)'93

(4th『Jupiter』フル音源)'10

伝統的なヘヴィ・メタルのシーンが生み出した究極の音楽的成果。「プログレッシヴ・デスメタル」創成期を代表する名バンドであり、NWOBHM系メタルの最高進化形のひとつです。80年代メタルの旨みを色濃く残す数少ないテクニカル・メタル・バンドで、名声の大きさの割に、その持ち味を直接受け継いだものは殆ど存在しません。その意味では、BLIND ILLUSIONなどと並ぶ“時代のミッシング・リンク”と言えるバンドなのです。

ATHEISTの音楽的バックグラウンドを詳細に分析するのは難しいです。1st『Piece of Time』再発盤のライナーノートでリーダーのKelly Shaeferが述べているように、成り立ちの基本は確かに「RUSH+SLAYER+MERCYFUL FATE」なのですが、それも「そう言われてみれば確かにそうだ」というくらいの話で、「その3バンドを単純に足せばこうなる」レベルを遥かに超えています。実際の出音は「モードジャズ化したNWOBHM寄りスラッシュメタルを超一流のジャズロックプレイヤーが演奏している」感じ。上記3バンドのエッセンスを完全に消化吸収した上で、独自のセンスで全く別のものに進化させてしまった感があります。
(ジャズの歴史を知っている方には時間軸を混乱させるような話で恐縮ですが、WATCHTOWERをJohn Coltrane『Giant Steps』で例えるならば、このATHEISTはMiles Davisの『Kind of Blue』という感じです。音遣いの質についてだけ言うと。)
そういう意味で、このATHEISTは、WATCHTOWER以降の「伝統的メタルの影響をあまり受けていないプレイヤーがたまたまメタルサウンドを利用している」バンド(=現代テクニカルメタルの主流)とは一線を画す、言ってみれば“昔気質”なバンドなのです。したがって、ATHEISTの音楽性の芯をつかむためには、NWOBHM周辺(もしくはそれに通じる日本の歌謡曲など)のエッセンスを“体で理解”する必要があります。圧倒的に優れた演奏表現力もあって「上手いもの好き」な人ならば専門ジャンルを問わずに楽しめるバンドなのですが、味の芯を嚙み分け納得するためには、やはり伝統的なメタルについての経験値が必要になると思うのです。上の例え(Miles - Coltrane)のようにジャズ方面から吟味するのも面白いですが、伝統的なメタルを知った上でそこからの差異を分析していくほうが、この独特の音楽性を理解する助けになるのではないかと思います。

とはいえ、そういう「音楽性の成り立ち」などいちいち考えなくても楽しめる最高の音楽でもあるのです。各メンバーの演奏表現力はいずれもシーンのトップクラス。圧倒的な技術を完全に“道具”として使い、プリミティブなスラッシュメタル〜ハードコアバンドと同等以上のアツイ勢いを生み出すアンサンブルは圧巻です。
特に凄まじいのがボーカルとドラムスです。Kelly Shaefer(素晴らしいギタリストでもあったのですが腕の腱炎・手根管症候群によりそちらはリタイア)の“吐き捨て”(非デスヴォイスの歪み声)ボーカルは、MESHUGGAHのJensやVOIVODのSnakeをも上回る響きと個性を備えており、硬軟織り交ぜた緩急表現も絶品です。そしてSteve Flynnのドラムス。Sean Reinert(CYNIC / ex. DEATH)やGene Hoglan(ex. DEATH, DARK ANGEL, etc.)などと並ぶ最強のジャズ・ロック型メタルドラマーで、豊かなフレーズ・パターンと勢いの表現では右に出る者のいない達人です。特に2nd『Unquestionable Presence』(邦題:比類なき存在)での演奏は、膨大な手数と繊細な表現力を信じ難いレベルで両立したもので、あらゆる音楽ジャンルにおける一つの究極を示しています。後の4thアルバムやGNOSTICで聴ける“超高速で小気味よく張り付く”タッチ(「空中に舞う無数の羽の上を“一歩一歩深く踏み込みながら”滑らかに飛び移る」感じの質感)も唯一無二で、技術水準の高まり続ける現代のテクニカル・メタル・シーンにあっても、替えのきかない実力を示し続けています。
このバンドの歴史をみる際に一つのトピックになるのがベーシストの変遷です。初代ベーシストだったRoger Pattersonは、卓越した演奏表現力と驚異的なフレージングセンス(2ndの再発盤に収録されたプリプロ音源を聴くとよくわかります)により多くの名曲を生み出した中心人物だったのですが、1stの発表後にツアーバスの事故で逝去。その後任として加入したのがCYNICに在籍していたTony Choyで(CYNICでは'90年と'91年のデモに参加)、シーン屈指の天才だったRogerの代わりを見事に勤め上げています。Tonyは解散前の最終作である3rdにも参加し、2ndでは前面に出さなかった豊かな素養(ジャズ〜ブラジル音楽など)で作編曲の深化に貢献。復活後の第1作目である4thには参加しませんでしたが、その後再び加入し、2015年3月時点ではまだ在籍しているようです。

ATHEISTの生み出した4枚のアルバムは全てがシーンを代表する名作です。
1stは直線的なスラッシュメタルに近いスタイルで、MERCYFUL FATE〜SLAYER色がやや強めなためか、どこか北欧の初期ブラックメタルに通じる雰囲気を漂わせています。
2ndは「プログレデス」最高の名盤に挙げられることもある大傑作で、極めて個性的なフレーズをあまりコード付けしないまま放り出した(モーダルな)作編曲と常軌を逸した演奏表現力がこの上なく素晴らしい一枚です。
続く3rdアルバムではそれまでの“剥き出し”感あるフレーズが程よくコード付けされており、作編曲の完成度ではベストと言えるかもしれません。前作で一時脱退したSteve Flynnの後任も地味ながら優れたドラマーで、バンドの強烈な勢いにほどよい落ち着きを加えています。
'94年に解散→'06年の復活を経て発表された4thでは、3rdで提示されたまとまりある作編曲が2ndに近い勢いある形で仕上げられており、KellyとSteveの達人技を若手の優れたプレイヤー2人が見事に支えています。過去の3枚と比べると芳しい評価は得られませんでしたが、ATHEISTのカタログの中に置いてもなんら遜色ない逸品で、聴く価値は高いです。

ATHEISTは、当初の活動('88〜'94)においては自身の音楽性を完成しきることができませんでしたが、それでも後続に大きな影響を与えています。DEATHの4th『Human』('91)に収められた名インスト「Cosmic Sea」はATHEISTの「Piece of Time」(1stの1曲目)などを意識した感じがありますし(そうでなければ当時のSF映画の音楽からともに影響を受けたというところでしょうか)、ATHEISTの「Fire」(3rdの8曲目)などは、直接の影響関係はないかもしれませんが、WATCHTOWERの2ndと初期のMESHUGGAHをともに連想させるような音遣いを持っています。作品そのものの魅力においても、伝統的なヘヴィ・メタルとそこから分断された「テクニカルメタル」との間をつなぐ歴史的“ミッシング・リンク”としても、他に比するもののない奥行きを備えたバンドなのです。
10年ほど前の(「プログレデス」ファンの中ですら十分に認知されていなかった)状況に比べると、現在はだいぶ再評価が進んできているように思います。しかしまだまだ不十分。この素晴らしいバンドがもっと広く聴かれることを、心から願う次第です。