プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【テクニカル・スラッシュメタル】 WATCHTOWERほかRon Jarzombek関連作(アメリカ)

Control & Resistance

Control & Resistance


(WATCHTOWER『Control & Resistance』フル音源)'89

あらゆるジャンルにおいて屈指の奇才を誇る超絶ギタリスト。常軌を逸した技術を“音楽的に”聴かせる作品群を発表し、ヘヴィ・メタル・シーンにおける演奏表現の概念を変えました。(一般的なメタルには影響を及ぼしていませんが、テクニカルなメタルにおける技術水準を大きく引き上げることに貢献しています。)「伝統的なメタルを殆ど通過していないメタルミュージシャン」の先駆けでもあり、そういう意味では(ノルウェー・シーン以降のブラックメタルなどと共に)90年代以前・以降における「メタルという言葉の意味の変化」を導いたキーパーソンの一人でもあります。

本稿で扱っているバンドは、音楽の成り立ちにおいて大きく2種類に分けることができます。
一つは「伝統的なメタルがその持ち味を活かしつつ進化したもの」。ATHEISTやBLIND ILLUSION、ドゥーム〜ストーナー寄りのバンドがその好例で、70年代後半の英国ロックや80年代初頭のNWOBHMの味わいを濃厚に受け継ぎつつ個性的な音楽を生み出しています。
そしてもう一つが、「伝統的なメタルをバックグラウンドに持たないミュージシャンがたまたまメタルをやっているもの」です。スラッシュ以降のメタルにおける“表現志向”もしくは“音響的快感”に惹きつけられた結果このジャンルを選んでいる人達がそれで、伝統的メタルの味わいやその継承にはあまり興味を持ちません。従来のメタルにはなかった様々な要素を自在に持ち込み、それをメタルならではの硬く分厚いサウンドを用いて表現してしまう。そうした人達の働きにより、メタルと呼ばれる音楽において表現される要素や技術の水準は大きく拡張されました。本稿で扱っているバンドの多くはこちらに属するもので、様々なやり方で「メタルの伝統を無視してサウンドの旨みだけを自分の音楽に取り込んでしまう」ことにより、メタルという言葉が指し示す範囲を広げていったのでした。テクニカルスラッシュ〜プログレデスのシーン、初期デスメタルシーン、初期ブラックメタルシーン(特にノルウェー)、ゴシックメタルのシーンなど、80年代末から90年代頭にかけては世界各地でこうした動きが起こり、「伝統的なメタル要素に縛られない」「しかしメタルサウンドの良さは見事に活かす」個性的な傑作を数えきれないくらい沢山生み出していきます。Ron Jarzombekはそうした流れにおけるパイオニアの一人であり、歴史的にも重要な人物だと言えるのです。

Ron Jarzombekのような異常な技術者がこのシーンに参入してきた背景には、まず、'80年代中頃における「メタルとフュージョンの接近」が大きく関係していると思われます。
Yngwie Malmsteenが'84年に1stアルバムを発表して(厳密に言えば前年のSTEELERおよびALCATRAZZへの客演で)メタルシーン全体に絶大な衝撃を与えると、それに影響を受けたテクニカルなソロ・ギタリストが沢山現れました。そうしたギタリスト(特にShrapnelレーベル所属者)は、早弾きの技巧を主張するために「メタル寄りの音色でフュージョン寄りのスタイルを演奏する作品を発表」したり、パワーメタルのバンドに加入して「歌モノメタルのソロパートで自分の技術を誇示する」ことが多く(RACER Xや初期VICIOUS RUMORSが好例)、技術の誇示にこだわるあまり音楽性をないがしろにする作品が多かったという問題はありますが、メタルとフュージョンが互いのシーンを意識する一つのきっかけを作りました。
Shrapnelレーベルの創設者Mark Varneyが企画したAllan HoldsworthとFrank Gambaleの共演などは、(それぞれ「フュージョン」「メタル」シーン本流からは外れた人ではあるのですが)そうした風潮を象徴するものだったと思います。

こうしたことに加えて、ほぼ同時期に勃興してきたスラッシュメタルが大きな役目を果たしました。
スラッシュメタルにおいては、なりふり構わぬ勢いを重視するパンク〜ハードコアの姿勢が、メタルならではの几帳面な技術志向と融合しています。技術と勢いの両方を大事にする気風があり、実際にそれを成功させている作品も多いのです。こうしたものに接することで沢山のテクニカルなミュージシャンが感化され、持ち前の卓越した技術をアツいハートの表現のための“道具”として用いるようになりました。
また、このように“勢い”“攻撃性”を表現することをためらわないスラッシュメタルにおいては、フュージョンなどでは表現上の必然性を得られず“ひけらかし”になってしまいがちだった「高度なテクニック」や「複雑な楽理」が説得力を得やすくなり(複雑な和音が醸し出す異常な雰囲気も“あるべきもの”として許容されうる)、技術と精神を直結させやすい環境が生まれました。
(こうした環境は、デスメタル以降のアンダーグラウンドなメタル全般にも引き継がれています。)
MEGADETHの1st('85年)などはその好例で、音楽的な興味深さと異常なテンションの高さ、そしてそれらを綻びなく表現するための圧倒的な演奏力が見事に並び立っています。
WATCHTOWER('82年結成、1stは'85年)もそうした流れを作ったバンドの一つであり、'87年に加入したRon Jarzombekが全面的に関わって生まれた2nd『Control And Resistance』は(タイトルからしてそのものという感じですね)、以上に述べたような「技術と精神の直結」「高度な楽理の説得力ある活用」を理想的なかたちで実現させた作品なのです。ロックというジャンル全体における歴史的名盤であり、作編曲と演奏の両面において稀有の高みにある大傑作と言えます。

『Control And Resistance』の音楽性を一言で表すなら「RUSH+BRECKER BROTHERSスラッシュメタル化したもの」でしょうか。RUSHの音遣い感覚がJohn ColtraneMichael Breckerラインの複雑なコードワークによって強化されているのですが、フュージョン一般にありがちな“教科書通りの”“自分の頭で考えない”つまらなさはなく、完全に独自のかたちに仕上げられています。また、RUSHの“キャッチーな変拍子”を数段入り組ませたようなリズムアレンジも、その構成は美しく洗練されており、無駄にこねくり回した感はありません。
(よく「曲としての体をなしていない」「ぶっ壊れてる」と言われますが、ちゃんと聴き込んで構成をつかめば、〈テーマの提示〜発展〉〈滑らかな複合拍子を乗りこなすソロのフレーズ〉など、全ての曲が必要十分に磨き上げられているのがわかるはずです。)
5曲目「Control And Resistance」イントロ(27秒〜)の滑らかな13拍子(複合拍子としてみるのではなく13カウントで数えきる方がしっくりくる)や、基本的には7拍子で突き進む4曲目「The Fall of Reason」の間奏における44拍子(こちらは〈6×4+5×4〉とみるとしっくりくる:ギターソロだけでなく全てのパートが素晴らしい)など、奇怪で興味深く、しかも親しみやすいアイデアがどの曲にも詰まっています。はじめは訳がわからなくても、聴き込むことでどんどん楽しめるようになるのです。

そして、このバンドの売りはやはり楽器隊の演奏でしょう。それこそBRECKER BROTHERSCHICK COREA ELEKTRIC BANDなどと比べても何の遜色もありません。異常に巧いプレイヤーが多数存在するフュージョンシーンの超一流にも引けを取らない技術&個性があります。例えば、CYNICのメンバーなどは、DEATH『Human』のブックレットにおけるスペシャル・サンクス・リスト「インスピレーションの源」欄で、Vinnie Colaiuta(世界最高のテクニカルドラマー)、Allan Holdsworth(ギター)、Jimmy Johnson(ベース)、Zappaバンドの経験者、Chick Coreaと共演したプレイヤーなどと共に「WATCHTOWERの楽器陣」を挙げています。RonだけでなくDoug Keyser(ベース)もRick Colauca(ドラムス)も超絶的な達人で、周囲からの認知度も高かったわけです。前座に起用したことのあるDREAM THEATER(初期)が「They are sick!」(彼らはヤバ過ぎる!)と言った逸話もありますし、シーンに与えた影響は測り知れません。
一方、こうした楽器隊に比べると、ボーカルはケチをつけられることが多いです。パワーメタル〜スピードメタル系統のハイトーン・スタイルで、得意でない高音域を少し無理して頑張っている感じが出ているため、「完全無欠に巧い楽器隊に比べ物足りない、他に良いのはいくらでもいるだろう」と指摘されることが多いのです。しかし、これはこれで良い味を出しています。楽器隊の異様なテンションの高さ、そしてRon Jarzombekの音楽が醸し出す“陽気な神経質さ”には、こういう“いっぱいいっぱい”感のあるボーカルがよく合うのです。しかもこのAlan Tecchioには、そういう“無理してる”感を不思議な落ち着きをもって表現できる妙な雰囲気があります。このボーカルがあってこそのこの名盤。個人的にはそう思います。

WATCHTOWERはこの後'90年に活動停止。Ronが「練習のし過ぎで指を故障した」ことが一つの原因になったようです。その後は散発的にライヴをこなしているようですが、2015年の時点では公式の情報が殆どなく、活動しているのかどうかすらわからない状況です。
ただ、Ron Jarzombekは他のバンド・プロジェクトでも同様の音楽的方向性を追求しており、あまり多くはありませんが、非常に内容の濃い作品を発表しています。

(SPASTIC INKの2nd『Ink Compatible』フル音源)'04

(SPASTIC INKの1st『Ink Complete』より「A Wild Hare」)

(BLOTTED SCIENCEの1st『The Machinations of Dementia』フル音源)'07

兄である超絶ドラマーBobby Jarzombek(メタル・シーン最強ドラマーの一人)とPete Perez(BobbyのRIOTにおける同僚で物凄く巧いベーシスト)によるバンドSPASTIC INKや、Alex Webster(CANNIBAL CORPSEのベーシストで技術には定評がある)とテクニカルドラマー(なかなか定まらない)によるインスト・プログレッシヴ・デスメタルバンドBLOTTED SCIENCE、そしてソロプロジェクトなど。こうした活動では、“Zappa+フュージョン”“暗黒ディズニー”といった感じのブチ切れたユーモア感覚が前面に出ていて、先に述べたような“陽気な神経質さ”に一層磨きがかかっています。
なかでも、上に挙げた「A Wild Hare」などは、Ronの異様な魅力がとてもよく出た作品だと思います。ディズニー映画『バンビ』のアニメーションに演奏をつけた“ミッキーマウシング”(動作の一つ一つにフレーズをつけて音と動きをシンクロさせる演出)の怪作。「大袈裟なモーションで突然殴りかかり、皮一枚で寸止めしてみせる」ような外連味あふれる悪ふざけ感は唯一無二です。

Ron Jarzombekの音楽はなんだかんだ言ってそれなりに敷居が高いですし、独特の暴力的なユーモア感覚も好き嫌いが分かれると思います。しかし、「技術と精神の直結」という点では文句なしに優れたものですし、いわゆるフュージョンの多くが達成できなかった「高度な楽理の説得力ある活用」の稀な成功例でもあります。無責任におすすめすることはできませんが、何かの機会があったら聴いてみるのもいいのではないかと思います。