プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【ブラックメタル出身】 ARCTURUS(ノルウェー)

Arcturian

Arcturian


(1st『Aspera Hiems Symfonia』フル音源)'96

(2nd『La Masquerade Infernale』フル音源)'97

(3rd『The Sham Mirrors』フル音源)'03

(4th『Sideshow Symphoniesフル音源)'05

(5th『Arcturian』から1曲目「The Arcturian Sign」)'15

'91年結成。いわゆるシンフォニック・ブラックメタルの始祖の一つで、ノルウェー流の“引っ掛かり感覚”(こちらの記事http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2015/03/27/050345参照)を最も練度の高いかたちで大成したバンドでもあります。固有の渋い味わいをわかりやすい“歌モノ”スタイルで聴かせてしまう作編曲能力は抜群で、ノルウェー・シーンを代表する名プレイヤー達による演奏も超一流。エクストリームメタルに苦手意識のある方にも是非聴いてみてほしい素晴らしいバンドです。

ARCTURUSの音遣いは、上の記事で述べたようなノルウェー特有の“薄くこびりつく”進行感を少し濃くし、北欧のクラシック音楽シベリウスなど)にも通じる荘厳な歌謡感覚で彩った、というようなものです。シンフォニック・ロックの壮麗なメロディ感覚と(アメリカのブルースにも通じる)鈍く引っ掛かる進行感とが、北欧特有の底冷えする空気感のもとで描かれる。華やかに変化するリードメロディと(彩り豊かではあるけれども)意外と色の種類が変化しないモノトーンなコード感とが両立されていて、展開がはっきりしている歌モノなのに“同じような雰囲気に浸り続ける”感覚を与えてくれます。きびきび流れる構成を持っていながらアンビエントな聴き味があるこうした音楽性はありそうでなかなかないもので、歌モノのファンにも電子音楽や70年代ジャーマンロックなどのファンにもアピールするものではないかと思われます。ブラックメタル特有の味わいや“気の長い”時間感覚を抵抗なく身につけられる素材としても好ましく、そうしたものの入門編としては最適なバンドなのではないかと思います。

ARCTURUSがこれまでに発表した5枚のフルアルバムはどれも大傑作で、他の音楽では得られない固有の味わいをそれぞれ違ったかたちで提供してくれます。どれか一つが気に入ったならば他の全作品を聴き込む価値があるので、入りやすいと思ったところから手を出して、ぜひ全て聴いてみてほしいと思います。

1st『Aspera Hiems Symfonia』('96年発表)は最も一般的なブラックメタルのスタイルに近い作品で、EMPERORやLIMBONIC ART、初期のMANESなどとともに「シンフォニック・ブラックメタル」の雛形として後続に大きな影響を与えました。先に述べたようなこのバンド特有の音遣い感覚は既にかなり出来上がっていて、ボーカルを務めているGarmのメイン・バンドであるULVERの初期作品に程よいハッタリ感を加えたような、高貴で妖しい雰囲気がよく出ています。このバンドの売りは何と言ってもSverd(ブラックメタルシーンを代表するキーボーディストで、バンドの音楽的方向性を殆ど決定)による演奏&オーケストレーションですが、他のパートもシーンを代表する名人揃いです。特にHellhammer(ドラムス)とSkoll(ベース)の組合せはノルウェー・シーン最高のリズムセクションの一つと言ってよく、わりとストレートな場面であってもジャズ的な捻りを加えるなどして、曲全体に巧みな引っ掛かりを付け加えてくれています。気軽に聴き通せるのに聴き込むほどに味が増す素晴らしい仕上がりで、名実ともにブラックメタルというジャンルを代表する傑作の一つです。

2nd『La Masquerade Infernale』('97年発表)は、わりとストレートだった前作の捻りある部分を強調したような作品で、メタル・リフで押す場面は減り、オペラ風のアブノーマルな歌モノが引っ張っていく構成が前面に出ています。印象的なフレーズが小刻みに連発される前作と比べると少々間延びしているようにも感じられるスタイルで、音作り的にもわかりやすい刺激が少ないということもあって、一般的なメタルファンには取っつき辛く思えるところが多いかもしれません。しかし、これはこれで非常に完成度の高い作品で、前作で提示された独自の音遣い感覚が、メタル・リフの反復に縛られない自由度の高い展開のもとで巧みに表現されているのです。メタル的に“ガツンとくる”刺激の少ない音作りも、例えばゴシックロック〜ゴシックメタルなどを聴くつもりで接してみれば、何の違和感もなく受け入れることができ、むしろ心地よく浸れるのではないかと思われます。このバンドの作品の中では(メタルファンからすれば)最もとっつきにくく感じられるだろう一枚ですが、コアなファンは最高傑作に挙げることも多いようです。他の作品にハマったら是非聴いてみてほしいアルバムです。

入門編として最適なのが3rd『The Sham Mirrors』('03年発表)でしょう。前2枚の作風をうまく混ぜた上で両者のいいとこ取りをしたような仕上がりで、自在に展開する曲構成の全てが強力なフレーズで彩られ、間延びした感じを受けずに聴き通せるように作られています。アルバム冒頭を飾る大名曲「Kinetic」をはじめ収録曲は印象的なものばかりで、J-POPやメロディック・パワーメタルなどのファンにも訴えかける“わかりやすさ”とノルウェーブラックメタルならではの渋さとが絶妙に両立されているのです。前作に引き続き歪み声を完全封印したGarmのボーカルも心地よく、エクストリームメタルが苦手な方も抵抗なく聴けるようになっていると思われます。まずはここから聴いてみてほしいアルバムです。

続く4th『Sideshow Symphonies』('05年発表)では、Garmが脱退し、同じくノルウェーブラックメタルシーンを代表するクリーン・ボーカリストSimen Hestnaes(BORKNAGAR / ex.DIMMU BORGIR)が加入しています。作編曲の方向性は再び2nd的な“気の長い”時間感覚を強調したものになっていて、多彩な場面転換をしながらもメタル的なわかりやすい畳み掛けのあった3rdに比べ、だいぶゆったりした流れが生まれています。Simenの(オペラ〜民謡的な“こぶし”の効いた)一見無表情にも感じられる飄々とした歌い回しもあってか、少し聴いただけでは「間延びしていてかったるい」と感じられるものになっているとも言えるのですが、先に述べたような音遣い感覚やアンビエントな居心地はこれ以前とは比べものにならないくらい高度に熟成されていて、慣れて抵抗なく聴き入れるようになれば、他では得られない極上の聴き味にどっぷり浸かることができるようになります。緻密なキーボード・オーケストレーションの各パートを繊細に聴かせ分ける音作りも素晴らしい仕上がりで、メタル的なエッジは引っ込んだものの、サウンドプロダクションの出来は完璧と言えます。一般的な評価はかなり低いようですが(特に前作のようなわかりやすいものを好むファンからすると取っつき辛く感じられるようです)、個人的には、ノルウェー流シンフォニック・ブルース・ロックの名盤として歴史に残るべき大傑作なのではないかと思います。

ARCTURUSはこの後バンド内での諍いなどもあって'07年に解散することになりますが、冷却期間をおくことによって再び良好な関係を取り戻すことができたようで、'11年には活動を再開しています。音楽をあくまで“趣味”と捉え(メンバーはみな昼間の仕事を持っている)、ギターのKnut所有のスタジオで時間を気にせず製作を続けていた、ということにより新作の発表は何度も遅れましたが、'10〜'14年に録り貯めた素材をもとに、ついに5thフルアルバム『Arcturian』を完成。'15年に無事発表することになりました。
(このあたりの経緯はSimenのインタビューhttp://heavymetal.about.com/od/arcturus/fl/Arcturus-Interview.htmに詳しいです。Sverdのキーボードが'92年からずっと使い続けているもので、そのおんぼろキーボードがARCTURUSのサウンドの代替不可能な特徴になってしまっている、ということなど、興味深いエピソードが多いです。)
この『Arcturian』は本当に素晴らしい作品で、2ndと3rdの中間前者寄りというような作風が、4thを通過することによって得られた高度な音遣い感覚を用いて仕上げられています。緻密で複雑な作り込みを滑らかな“歌モノ”として聴かせてしまう作編曲も演奏も極上で、アルバム一枚を通しての構成も完璧。1st〜4thのどの時期が好きなファンも納得させる出来だと思いますし、この手の音楽性では前人未到の領域に達している作品なのではないかと思います。個人的にはこれが最高傑作なのではないかと思っています。広く聴かれてほしいアルバムです。

ARCTURUSは、ブラックメタルの歴史の中で重要なポジションを占めながらもそこに留まらず独自の進化を遂げたバンドで、「ブラックメタル」として一般的に認識されているスタイルとは(初期を除いて)かけ離れた音楽性を持っています。(その点ULVERやMANESなどと同じような立ち位置にいるバンドです。)しかし、個性的に熟成された音遣い感覚はやはりノルウェーブラックメタルシーンからしか生まれ得ないもので、そしてその中にあっても最高の完成度を誇るものの一つと言えるのです。この【プログレッシヴ・ブラックメタル】の項で触れている他のバンドと比べると「あからさまに変」なものではないかもしれませんが、この“音遣い感覚”とそれを活かす作編曲能力・演奏表現力の面ではむしろ頭一つ抜けたところにいる実力者。エクストリームメタルが苦手な方(特にプログレ(非メタル)ファンやブルース要素のある音楽のファンなど)にもぜひ聴いてみてほしいバンドです。