プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【ブラックメタル出身】 ULVER(ノルウェー)

 

The Assassination Of Julius Caesar

The Assassination Of Julius Caesar

 

 

 

(1st『Bergtatt』フル音源)'95
 
(3rd『Nattens Madrigal』フル音源)'97
 
(5th『Perdition City』フル音源)'00
 
(11th『Childhood's End』フル音源)'12
 
(12th『Messe Ⅰ.X - Ⅵ.X』フル音源)'13
 
ノルウェーを代表するなんでもあり音楽集団(1993年結成)。「ULVERみたいな音を出すヤツはいない。ULVER自身ですらその例に漏れない」(“No one sounds like ULVER. Not even ULVER.” by PERIPHERYのギタリストMark Holcomb)というコメントのとおり、作品ごとに大きく異なるスタイルをとり、それらの全てで素晴らしい達成をしてきたバンドです。しかし、メタルシーンでは初期の数枚ばかりが賞賛され以降の作品は全く顧みられない、メタル以外のシーンでは殆ど知られる機会がないというように、“ジャンル間の溝に落ち込んでしまう”ことの悲哀を一身に体現している存在でもあります。なんとかして正当な評価を得てほしいバンドです。
 
【1. ブラックメタル(1993〜1997)】
 
ULVERはノルウェーの初期ブラックメタルを代表するバンドで、シーンを先導する強力なバンドが出揃った時期に革新的な傑作を発表して注目を浴びました。1st『Bergtatt』(1995年)は北欧フォーク〜トラッドとメロディアスなブラックメタルスタイルを融合した大傑作で、2010年代以降一つのトレンドをなしているポスト/シューゲイザーブラックメタルと言われるバンド(ALCESTやDEAFHEAVENなど)を先取りする優しく激しい音楽性により、ブラックメタルという音楽の持つイメージ(吹雪が荒れ狂うような陰鬱で攻撃的なスタイル)を拡張しつつ、SLINTのような初期ポストロックに通じる豊かな音遣い感覚を生み出しています。続く2nd『Kveldssanger』(1996年)でメタルはおろかロック色すら一切ないアコースティック・フォークをやった後に発表された3rd『Nattens Madrigal』(1997年)は90年代のアンダーグラウンド音楽を代表する歴史的傑作で、2ndの極めてメロディアスな音楽性が、緻密な対位法的アレンジを施された上で、極悪にこもったハーシュ・ノイズにまみれる“プリミティヴ・ブラックメタル”スタイルのもと表現されています。高域以外が極端に痩せた凶悪なサウンドプロダクションと絶叫一本槍の激しいボーカル(このスタイルを取るのはこのバンドでは本作のみ)で攻撃的な印象を前面に出してはいますが、作編曲や演奏は高度に洗練されており、1stや2ndで表現された豊かな音遣い感覚がさらに熟成されているのです。インパクトも深みも超一流と言えるこのアルバムは世界中のエクストリームメタル/ハードコアパンクに絶大な影響を与え、少なくともメタルシーンにおいては未だにこのバンドの代表作とみなされ続けています。
 
【2. 電子音楽路線への転換期(1998)】

以上の「初期3部作」の印象が強すぎるためにいつまでも“メタル扱い”されているULVERですが、「メタル要素がある」とはっきり言える作品は3枚しかありません。1st・3rdに続くその最後の1枚が4th『Themes from William Blake's The Marriage of Heaven And Hell』(1998年)です。「英国ゴシックメタルとインダストリアルメタルそしてトリップホップを足して北欧ブラックメタルの音遣い感覚で料理した」趣の本作では、2枚組の全編に渡ってスタイルの異なる曲調が無節操に並べられ、その上で素晴らしい統一感をもってまとめ上げられています。比較対象としてはNINE INCH NAILSPORTISHEADMASSIVE ATTACKPARADISE LOSTなどが挙げられますが、そうしたものに勝るとも劣らない存在感を発揮しつつ完全に独自の味を確立しており、ここでしか得られない旨みにどっぷり浸ることができます。即効性も奥行きも素晴らしいですし、上に挙げたようなバンドを好む方はぜひ聴いてみるべき傑作だと思います。

このような音楽性のシフトを導いたのは中心人物Kristoffer Rygg(通称Garm)の嗜好の変化によるところが大きいのでしょうが(コアなエクストリームメタルファンだった彼は、90年代末にはCOILやAUTECHRE、NURSE WITH WOUNDといったアヴァンギャルドなノイズ〜電子音楽にのめり込んでいきます)、それを支え音作りの主幹を担うTore Ylwizakerの存在も大きかったのではないかと思います。4thはこのToreと3rdまでの腕利き楽器陣がともに在籍した唯一のアルバムであり、上記のような音楽性(豊かな曲想と逞しいフィジカルの両立)はそうした“狭間の時期”だからこそ生まれたものだったのだと言えそうです。
 
【3. 電子音楽(1999〜2004)】

ULVERはこの後しばらく様々なスタイルの電子音楽を追求していくことになります。EP『Metamorphosis』(1999年:暗いエレクトロニカという感じで比較的凡庸な仕上がりだが、CDケース内に「最早ブラックメタルではないからそれを期待しても失望するだけ。我々はこれからも予測できない存在であり続ける」という声明あり)を経て発表された5th『Perdition City』(2000年)は“架空の映画のサウンドトラック”的な作品で、4thをアンビエントエレクトロニカに寄せたような音楽性のもと、アルバム一枚を通して明確な物語を描いていく構成が出来ています。フィールドレコーディング(アパートの5階にあるToreの部屋の窓からマイクを突き出し、夜の街の音を録ったとのこと)も効果的に活用された本作はKristofferとToreの2名だけで作られており、現在にまで至る音楽製作の体制がここで確立されることになりました。
電子音楽期のULVERは所属シーンの問題もあって触れられる機会が極めて少ないですが(初期3部作ばかりが語られるため、23年の歴史のなかでメタルをやっていた時期は5年に過ぎないのに、メタルシーン以外で言及されることは殆どない)、発表された作品はどれも優れたものばかりです。本物の映画のサウンドトラックとして製作された『Lyckantropen Themes』(6th・2002年)と『Svidd Neger』(7th・2003年)は単体でも楽しめるアンビエント〜テクノの傑作ですし、それに続いて発表されたEP『A Quick Fix of Melancholy』(2003年)も、前2作の時間/空間感覚を引き継ぎつつ印象的なフレーズを軸に据えた構成が見事で、何度でも繰り返し聴きたくなる魅力があります。そうした傑作群の中でもひときわ素晴らしいのが『Teachings in Silence』(インスタレーション用音源として製作され2001年と2002年に分けて発表された2つのEPを一つにまとめたもの)でしょう。アンビエントグリッチ寄りの電子音楽に最も接近した時期の作品なのですが、バンド自身が最大の影響源として挙げるCOILの「ミクロのフレーズに異常にこだわる」音響表現力が見事に引き継がれていて、淡々とした展開にいつまでも浸れてしまいます。(COILの名作『Angelic Conversation』と『Black Antlers』の間にある音楽性を北欧トラッド〜クラシックの洗練された構成力で整理したという趣もあります。)明確な泣きメロを含む最後の「Not Saved」はその中では異色のトラックですが、その素晴らしい仕上がりもあって、ファンからは名曲と評価されています。
 
【4. 歌モノスタイルへの回帰(2005〜2013)】

こうして何年ものあいだ電子音楽にこだわり続けていたULVERですが、2005年の8th『Blood Inside』からは“歌モノ”のスタイルが全面的に復活しています。様々な電子音楽を通して培われた音響/時間感覚を、過去作よりもさらに熟成された北欧ゴシック的音遣い感覚と組み合わせ、唯一無二の個性と深い味わいを誇るKristofferのボーカルで引き締める…というスタイルは完璧で、一見地味なようでいて「聴きやすく、何度聴き返しても飽きない」渋く奇妙なポップミュージックの傑作になっているのです。インダストリアルメタル的な硬い音作りも魅力的で、メタルファンに非メタル期の作品を一枚だけお薦めするのなら本作か『The Assassination of Julius Caesar』(2017年・15th)がベストなのではないかと思います。
これに続いて発表された9th『Shadows Inside』(2007年)では、前作のインダストリアルメタル的音響は完全に排除され、Fennesz(実際に参加)やSIGUR RÓSのような柔らかく雄大な音響が主になっています。北欧の大自然が黄昏に包まれ、次第に闇に溶けていく…という趣の雰囲気描写は素晴らしく、同じ路線でこれを上回るものは殆どないのではないかとすら思えます。アンビエントながら印象的な歌モノとしても成り立っている作編曲も好ましく、BLACK SABBATH「Solitude」のカバーも自然に収まり見事な表現力を示しています。バンド自身も代表作として誇るアルバムで、ここ10年に渡る電子音楽路線の一つの完成形を示した傑作と言えます。

その9thで一つの区切りをつけたということなのか、以降のULVERは過去の様々な音楽を参照しつつ新境地を開拓する傾向を強めていきます。2011年の10th『Wars of The Roses』では80年代ニューウェーヴや90年代に至るインダストリアルもののような英国ゴシック音楽のエッセンスが強まり(「Norwegian Gothic」なんてそのものズバリの曲名もある)、COILメンバーとの共演も実現しています。
(Ian JohnstoneとStephan Throwerが最後のアンビエント/ポエトリーリーディングに参加:中心人物John BalanceとPeter Christophersonは亡くなった後)
また、マルチプレイヤーDaniel O'Sullivanが正式加入し楽器の演奏水準が上昇したということもあってか、バンドのアンサンブルは生のダイナミズムを大幅に増すことになりました。Kristofferの素晴らしいボーカルも十分にフィーチャーされ、他では聴けない個性的な味わいが聴きやすく提供されている本作は、バンドの新たな黄金期の幕開けを告げるものになりました。

その翌年に発表された11th『Childhood's End』は60年代末〜70年代前半のサイケデリックロックのカバー集で、アメリカ〜英国のブルース/フォーク的な音遣い感覚が大幅に導入されています。
(北欧から英国に接近した10thの“南下傾向”の延長線上にあるとも言えるのかもしれません。)
その結果は実に素晴らしく、『Shadows of The Sun』などでとりわけ印象的だった美しくも冷たく厳しい雰囲気が、アメリカ〜英国的な程よく大雑把な空気感でときほぐされ、“特有の湿り気を残しつつ深刻になりすぎない”絶妙なバランス感覚を生んでいます。こうした仕上がりは、作品の内容自体がバンドの歴史における新境地になっているというだけでなく、どうしても暗く沈み込む方向にこだわりがちだったバンドの“気の持ちよう”にある種の突破口を設けたという意味でも、とても得難く重要なものだったのではないかと思います。ULVERの歴史において最も“コンパクトに洗練された歌モノ”に徹しており、素晴らしいボーカルを思う存分楽しめる…という意味でも貴重な傑作です。
その11th発表前に行われた同作のお披露目ライヴは録音され、『Live at Roadburn』(2013年)として発表されています。同作収録の歌モノから16曲中10曲を演奏し、最後に70年代ジャーマンロック風の長尺インプロヴィゼーション(「CANに捧げる」とのクレジットあり)をやって締める構成は、11thと最新13thをそのまま繋ぐものとみることもできます。非常に興味深いです。

翌2013年に発表された12th『Messe Ⅰ.Ⅹ-Ⅵ.Ⅹ』は、ULVERが作曲した楽曲にアレンジを施して室内楽オーケストラが演奏したのち、そこにULVER側がポストプロダクションを加えて電子音楽化した作品で、Alvo Part(アルヴォ・ペルトミニマリズム/古楽寄りスタイル)やJohn Travener(ジョン・タヴナーメシアンシュトックハウゼンに並ぶ神秘主義)といった作曲家に大きな影響を受けているといいます。これが極めて素晴らしい作品で、生演奏の繊細なダイナミクスが電子音響処理により一層緻密に強化されているだけでなく、生演奏単独でも電子音響単独でも成し得ない複雑で表情豊かな音色表現が生み出されていて、約45分の長さを興味深く浸り通すことができてしまうのです。作編曲だけとってみても実に見事で、5部からなるアルバム全体の構成が申し分なく素晴らしい。少し冷たい水の中に無心で漂うような居心地も好ましく、微妙な異物感を伴いながら潤いを与えてくれるような肌触りもあって、永遠に流し浸り続けていたいような気分にさせられてしまいます。仄暗く生温い音遣い感覚は確かに10th〜11thの流れに連なるものですし、あらゆる意味でこのバンドにしか作れない大傑作なのではないかと思います。
 
【5. 以上の展開を踏まえ現在に至るまで(2015〜)】

そこから2年半のブランクを経て発表された13th『ATGCLVLSSCAP』(2016年)は、以上のような流れをかなり意識的に総括するものになりました。2014年2月に行われた欧州ツアー12箇所の音源を加工して作られた本作では、常連サポートメンバーを含むライヴバンドとしての実力と個性が存分に発揮されています。
(ちなみに、アルバムタイトルは12星座(Aries・Taurus・Gemini・Cancer・Leo・Virgo・Libra・Scorpio・Sagittarius・Capricorn・Aquarius・Pisces)の頭文字を並べたもののようです)
音楽性を過去作と比べるならば、『Shadows of The Sun』『Wars of The Roses』『Childhood's End』の音楽性を完璧に溶け合わせ、いわゆるアトモスフェリック・スラッジに通じる迫力ある演奏で形にしていく、という感じでしょうか。SIGUR RÓSROVOを70年代ロックに寄せたような程よく粗いアンサンブルと、打楽器の音をほとんど入れずに淡々と漂う北欧アンビエントのパートとが、全く違和感なく並べられ、ジャスト80分の長さを過剰に思わせない滑らかな流れを作り出していきます。それぞれの曲は即興で生み出された部分を相当多く含んでいるはずなのですが、曲の展開・構成は過不足なくよく整理されたものばかりで、余計なことを考えず快適に浸り通すことができてしまうのです。
(1曲目「England's Hidden」(COILやNURSE WITH WOUND関連音源/書籍の名前でもある)は12thの「Glamour Box」を、3曲目「Moody Stix」は『A Quick Fix of Melancholy』の「Doom Sticks」を、10曲目「Nowhere」は5th最後の同曲をライヴでリアレンジしたものですが、他の曲はこのツアー用に準備された素材を現場で展開し構築した“即興作曲”だと思われます)
このような仕上がりは、ライヴならではの閃きや豊かな演奏表現力と、スタジオでのポストプロダクションを含む優れた整理能力を見事に両立するもので、バンドの音楽的引き出しをあらゆる面において申し分なく示していると思います。こうした成り立ちはたとえばCAN『Tago Mago』やKING CRIMSON『Starless And Bibleblack』に通じるものですし、音響や雰囲気だけみれば最近のANATHEMAやFenneszを連想させる部分も多いです。10thで掘り下げられた“ノルウェー+英国”的な音遣いに、11thのあたりで探求されたアメリカのサイケやジャーマンロックの要素が混ぜ合わされ、非常に豊かで複雑な味を構築している。こういう意味においても、これまでの活動全歴の集大成と言える一枚なのではないかと思います。
70年代ジャーマンロックやシンフォニックなポストロック、いわゆるジャムバンドやネオプログレアンビエントやドローンなど、“気の長い時間感覚”を持つダイナミックな音楽が好きな方なら抵抗なくハマれる傑作です。

同年末に発表された映画サウンドトラック『Riverhead』(14thアルバム)で静かで不穏な電子音響を探求したのちに発表された『The Assassination of Julius Caesar』(2017年・15th)は、バンド史上初めてオリジナルのオーソドックスな“歌モノ”だけで占められた作品になりました。Kristofferの伸びやかな歌声が全曲でフィーチャーされた本作では、『Childhood's End』で切り拓かれた“沈み込みすぎない”雰囲気がさらに垢抜けたかたちで表現されており、過去作からは想像できないくらい気安く親しみやすい感じになっています。しかしその上で“能天気で頭が悪そう”な印象はありません。『Shadows of The Sun』にも通じる暗い叙情が常に仄かに漂っており、飄々としながら深い思索にふける優れたバランス感覚が生まれているのです。こうした雰囲気表現はもちろん、歌モノとしての構成の明快さとアレンジの層の厚さを兼ね備えた作編曲も最高で、全ての面において“聴きやすさ”と“聴き飽きにくさ”が完璧に両立されています。徹底的に洗練されたプレゼンテーション能力のもと、自分のやりたいことを曲げずにわかりやすく伝えきる。ポップミュージックのスタイルでなければ作れない音楽ですし、その一つの理想形を示した大傑作と言えます。

本作において特に興味深いのがビート/グルーヴの作り方です。先述のようにULVERはロック周辺のあらゆる音楽を探求してきましたが、いわゆるブラックミュージックに関しては直接影響を受けた形跡が見当たりません。『Themes from William Blake's The Marriage of Heaven And Hell』でのトリップホップ、『Childhood's End』でのサイケ/アシッドフォーク(アメリカのルーツミュージック要素を多分に含む)など、ブラックミュージックの“近傍”を通ってきてはいるのですが、ブルースやヒップホップといったブラックミュージックそのものをしっかり咀嚼している様子は殆どないのです。
(『Perdition City』収録「Catalept」の黒っぽさゼロなブレイクビーツなどを聴くと特にそう思えます)
これはビートミュージックの世界においては不利な要素となる場合が多いのですが、本作ではむしろ完全に良い方向に働いているように思います。ブラックミュージックの“無限に割れつつ噛み合っている”緻密で高機動なものとは異なり、もっと“勘”や“間”に頼った上でたわみながらしっかり揃い密着する感じがある。『ATGCLVSSCAP』においてはこの感覚が締まりなくたわむ方向に寄っていて完全にうまく機能してはいなかったのですが、締まったビートとアンビエントの中間にあるような性格を示し、両方の曲調を違和感なく並べることに大きく貢献していました。本作『The Assassination of Julius Caesar』ではそうしたグルーヴがほどよく引き締められた形に仕上げられており、クラシックや欧州テクノなどを通ってこなければ生まれない“非黒人音楽”系ビートミュージックの一つの極みに達しているのではないかと思います。ブラックミュージック由来の定型BPMスタイルとクラシック周辺由来のアンビエント感を殆ど理想形な形で融合した本作のトラックは全篇素晴らしく、特に最終曲「Coming Home」3分35秒頃からの“たっぷりタメるが全くモタらない”4つ打ちキックは究極のビートの一つと言えるでしょう。(私が聴いてきた全ての音楽の中でもベストの一つです。)こうした演奏/音響面でも比類のない成果が示された逸品です。
DEPECHE MODEや80年代PINK FLOYDなどに通じつつ独自の世界を作り上げることに成功した本作は、個人的にはULVERの最高傑作だと思います。全ての音楽ファンに聴いてみてほしい一枚です。
 
この同年に発表されたEP『Sic Transit Gloria Mundi』(事前予告なしのダウンロード販売)には『The Assassination of Julius Caesar』を『Shadow of The Sun』に寄せたような仄暗く荘厳な歌モノが収録されています。連続して同じスタイルを採用することが少ないこのバンドのことですし、これからもさらに興味深い境地を切り拓いていくのではないかと思います。今後の活動が楽しみです。
 
 
以上、ULVERの活動全歴を簡単に俯瞰してきました。音楽スタイルを自在に変えながら持ち味を深めていった歴史は広く知られるべきですし、そうでなくとも、それぞれの作品がそれを最も楽しめる人のもとに届いてほしいものです。この稿がそうしたことの助けになれば幸いです。