プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【テクニカル・スラッシュメタル】 BLIND ILLUSION(アメリカ)

Sane Asylum

Sane Asylum


(1st『The Sane Asylum』フル音源)'88

ヘヴィ・メタルの歴史が生み出した究極の珍味。ATHEISTと並ぶNWOBHM型メタルの最高進化形であり、“アメリカ人による欧州音楽の再解釈”という点でも興味深いバンドです。バカテクトリオとして名を馳せるPRIMUSのメンバーが2人も在籍していたことから「PRIMUSの前身バンド」とみなされることが多いようですが、実質的にはMark Biedermann(ギター・ボーカル・ベース)のソロプロジェクト。Markの奇妙なセンスと卓越した演奏表現力が全面的に活かされ、替えのきかない不思議な個性を生み出しています。

1st『The Sane Asylum』の音楽性を一言で表すなら「微妙にスラッシュがかった超強力な特殊NWOBHM」というところでしょうか。NWOBHMの“歌謡曲”的な音遣いを濃厚に残しつつ、METALLICA『Master of Puppets』やVOIVOD『Killing Technology』にみられるような暗黒浮遊感を漂わせる。(“宵闇の薄靄の中で星が瞬きはじめる”イメージ。)MANILLA ROADのようなエピック・メタルに通じる“シケシケ”感(欧州モノには出せないタイプの湿り気)を伴う叙情的な音遣いを押し出しながらも、その背後には常に複雑な滋味が広がっています。表面的な印象は地味ですが、聴けば聴くほど味が増し、他では得られない旨みに酔わされていくのです。コクのある音遣いなのに(NWOBHM系統にありがちな)“クサすぎる”“胸焼けする”感じがなく、もたれずいくらでも聴けてしまう。こうしたバランスの良さは奇跡的で、慣れることさえできれば一生の友にもなりうる一枚です。

このような音遣いがどこから来たのか分析するのは難しいです。1stのブックレットには各曲の作曲年が表記されているのですが、それによると、中には'78年や'79年に作られたものもあるようです。これはNWOBHMのシーンが形成されはじめる時期で、IRON MAIDENの1stデモ('78年末録音)とも前後するあたり。ここから察するに、Mark BiedermannはNWOBHMのフォロワーというよりは同期の古株で、スラッシュメタルシーンに属しながらもその流行に縛られなかった、ある意味“遅咲きのオリジネイター”だったのではないかと思います。欧州ロックや様々なアメリカ音楽の要素を貪欲に取り込み、10年近くもの歳月をかけて培った複雑な音楽性を、スラッシュメタルのシーンが一通り出来上がった'88年当時の感覚を用いてアレンジする。その結果、このように個性的な音楽が出来てしまった。ということなのかもしれません。

以上のような音楽性は単体ではやや取っ付きにくいものなのですが、非常にうまい演奏がわかりやすい刺激を与えてくれるので、それに惹きつけられながら無理なく聴き込んでいくことができます。ギターやベースはもちろんドラムスも素晴らしく、スラッシュメタル的なスピード感と“いかにもロックな”重たいドタバタ感を両立するタッチは、アンサンブル全体に好ましい引っ掛かりを生み出しています。くぐもり気味ながら妙な奥行きのある音作りも、良い意味での“風通しの悪さ”を作り出し、バンドサウンドの手応えを増しているように思います。

各曲のメンバー構成・発表年は以下のとおりです。

1「The Sane Asylum」('87)×Les
2「Blood Shower」('85)
3「Vengeance Is Mine」('86)
4「Death Noise」('78)+Larry
5「Kamakazi」('79)
6「Smash The Crystal」('85)+Larry
7「Vicious Visions」('86)+Larry
8「Metamorphosis of A Monster」('86)×Les

Larryのギターは8曲中3曲(4・6・7曲目)、Lesのベースは8曲中6曲(2〜7曲目)で、1・8曲目などはドラムス(Mike Miner)以外の全パートをMark Biedermannが担当しています。それを聴くと、Markがどれだけ優れた技術と表現力を持っているのかわかります。ボーカルの声質は多少好みが分かれるようですが、優れた響きと個性的な音色により、強力なバンドサウンドの“顔”を見事に務めあげています。真摯で湿り気のある雰囲気が真面目くさった息苦しいものにならないのは、このどこか滑稽な歌い回しによるところが大きいのではないかと思います。
(強烈な勢いと妙な親しみやすさを同時に感じさせるキャラクタは、ATHEISTのKelly ShaeferやVOIVODのSnakeにも通じます。)

BLIND ILLUSIONの音楽においては、以上のような様々な要素が複雑に絡み合い、全体として絶妙なバランスを獲得しています。この1stアルバムは発表当時には十分な認知を得られず、翌年('89年)にはバンドの活動自体が凍結してしまったこともあって、実質的に“時代の闇に埋もれた”存在になってしまっているのですが、上に述べたような素晴らしい完成度のために一部のマニアの間で細々と語り継がれ、最高レベルの“カルトな名盤”として名を残し続けています。繰り返し聴き込むことにより他では得られない旨みが得られる極上の珍味ですし、“アメリカ産の音楽にしか出せない類の湿り気”を独特のゴシック感覚をもって表現し得たという点では、MANILLA ROADやBLOOD FARMERSにも通じる“欧州音楽の再解釈”の成功例でもあります。もっと広く聴かれてほしい大傑作です。

なお、BLIND ILLUSIONは'09年に活動を再開。Mark Biedermannのソロプロジェクトとして2015年現在も存続しているようです。'10年には2ndアルバム『Demon Master』をデジタルリリースし、1stのエッセンスを引き継ぎつつストーナーロック化したような味わい深い内容で健在を示してくれました。
(最大手データベースサイトMetal Archivesでは酷評されていますが、スラッシュメタルでないというだけで大変優れた作品だと思います。)
NWOBHM的なコクがJimi HendrixTHE BEACH BOYSに通じるモード感覚で強化された音遣いは、XYSMAやKORPSE(グラインドロック)、SPIRITUAL BEGGARS(英国寄りストーナーロック)のファンなどにもアピールするのではないかと思います。iTunesなどで買うことができるので、1stを気に入った方はこちらも聴いてみることをおすすめします。