プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【ハードコアパンク(便宜上)】 THE STALIN(日本)

虫 (SHMCD)

虫 (SHMCD)


(1st『Trash』フル音源)'81

(2nd『Stop Jap』フル音源)'82

(3rd『虫』フル音源)'83

(4th『Fish Inn』の1曲目「廃魚」)'84

日本を代表するパンク・バンドのひとつ。遠藤ミチロウの個性的なボーカル&パフォーマンス、そして卓越した音楽性により、同時代以降の人々(ミュージシャンに限らない)に絶大な影響を与えました。ハードコアパンク創成期を代表するバンドのひとつでもあり、残した作品は、シーンが立ち上がる時期ならではの“定型に縛られない”音楽的広がりを持ったものばかりです。単に歴史的に重要というだけでなく、作品そのものの絶対的なクオリティという点でも、稀有の高みにあるバンドです。

リーダーであるボーカリスト遠藤ミチロウさんは、ジャックスに衝撃を受けて音楽を志し、THE DOORSPatti Smithに連なるニューヨーク・パンクに大きな影響を受けたといいます。
(このインタビューなどに詳しいです。http://natalie.mu/music/pp/stalin?nosp=1
そうしたものに特有な、うつむき加減で仄暗い雰囲気が、もう一方のルーツである日本のフォークの要素と絡み合うことで、“冷たく甘い”“汗で湿った”空気感が生まれる。そしてそれが勢いのある演奏と組み合わされることにより、“ダウナーながら荒々しい”類稀な感覚が得られるのです。単独でそうしたニュアンスを生み出すミチロウさんのボーカルも素晴らしく、音楽全体に唯一無二の味を加えています。

スターリン」という名義はミチロウさんの一時期までのバンド活動一般を表すもので(「バンドをやるんだったらどういう音楽性であろうとスターリンという名前を使おうと考えていた」という発言があります)、本格的に活動していた期間だけをみても
ザ・スターリン('80〜'85)
ビデオ・スターリン('86〜'88)
(新生)スターリン('89〜'93)
という3つのユニットが存在します。そのうち、本稿にはっきり関係があるハードコアパンク期と言えるのは最初の「ザ・スターリン」のみなので、ここではそれについてのみ触れることにします。

この時期に残した4枚のスタジオ・フルアルバムはどれも大変な傑作で、歴史的意義云々に興味がなくても聴く価値があります。

1st『Trash』('81年12月発表)は、ニューヨークパンクに影響を受けたミチロウさんの好みと、前作『Stalinism』('81年4月発表のEP)で脱退したギタリスト金子あつしさん(RAMONESやTHE GERMSなどオーソドックスなパンク寄りのバックグラウンドがあった)のインプットが反映された作品で、THE CONTORTIONSなどのNo Wave勢に通じる不協和音〜無調的な音遣いが非常にうまく活用された傑作です。アルバムの前半(LPでいうA面)がスタジオ録音、後半(B面)がライヴ録音(法政大学と京都礫礫)からなる構成なのですが、全体の流れは実に滑らかで、先述のような“ダウナーながら荒々しい”雰囲気に快適に浸ることができます。メンバーの演奏表現力も素晴らしく、個人的には、このバンドの歴史の中では最も完成度が高いラインナップだったのではないかと思います。後の作品で様々に表現される“静”“動”の2要素がバランスよく溶け合っている点でもベストで、血中パンク濃度を急上昇させる刺激と不思議な落ち着きとが両立されています。諸事情により再発されないカルトな名盤でもあるのですが、そうした話題性を超えて重要な、音楽的に極めて優れた傑作です。

メジャーデビュー作となった2nd『Stop Jap』('82年発表)は、当時のシーン(二ューウェーブ寄り)に意外と少なかったロンドン・パンクのスタイルを狙って作られたというアルバムで、収録曲の多くはこれ以前からのレパートリーの再録なのですが、ストレートに押し切る勢いが強化されています。SEX PISTOLSの分厚いギター多重録音サウンドを意識したという音作りはバンドの作品中最も“硬く尖った”もので、同時期の英国ハードコアに通じる攻撃力が生まれています。曲の流れつながりなどは他の作品と比べ少しぎこちないですが、特有の湿った空気感は健在で、それがアルバム全体に不思議な統一感を生んでいます。次作とあわせ、日本の地下音楽史に大きな影響を与えた歴史的名盤です。

一般的に代表作とされるのが3rd『虫』('83年発表)でしょう。ミチロウさんがDISCHARGEやG.B.H.にのめり込み始めた頃の作品で、そうしたものに影響を受けながらも、独自の音遣いと演奏感覚によって代替不可能なスタイルを完成させてしまっています。1〜3分で駆け抜ける高速ハードコア11曲とラストを飾る約10分のドゥーム曲からなる構成で、滑らかに突っ走る勢いと、甘い霧がまとわりつくような寒々しい空気感とが、どんなテンポにおいても強力に両立されています。特に高速ハードコア曲の“躓きながらぶっ飛ばす”疾走感は驚異的で、ハードコアパンク〜スラッシュメタルの歴史全体を見渡しても最高レベルとして扱われるべき勢いがあります。本稿の文脈で言えば最も重要な作品ですし、入門編としても最適な傑作と言えます。ぜひ聴いてみることをおすすめします。

この後に製作したソロ音源『ベトナム伝説』('84年発表)の辺りからミチロウさんはJOY DIVISIONやBAUHAUSに強く惹きつけられ始めていて、『Stop Jap』や『虫』のハードコアパンク的な世界とは決別したくなっていたようです。その流れから製作されたのが4th『Fish Inn』('84年発表)で、「自分の中ではTHE DOORSPatti SmithJOY DIVISIONはつながっている」というニューヨークパンク〜英国ゴシックロック的な雰囲気が、『虫』の最後を飾るドゥーミーな同名曲の路線を引き継ぐかたちで掘り下げられています。これがまた素晴らしい内容で、前作までのわかりやすく勢いあるスタイルを求めるファンには不評なようですが、独特の音遣い感覚や空気感はさらに味わい深いものに鍛え上げられています。
このアルバムは'84年発表のオリジナル盤と'86年発表のBill Laswellによるリミックス盤が存在するのですが(現在手に入りやすいのは後者)、オリジナル盤の尖り気味の音質(ミチロウさんはこれが気に入らなくてリミックスを依頼したとのこと)もリミックス盤のくぐもった音質もともに説得力のある表現力を発揮しており、どちらも優れた出来になっていると思います。ゴシカルな音遣い〜雰囲気が好きな方には最もアピールするものではないかと思われますし、そうでなくとも聴く価値の高い傑作です。

本稿ではここまでしか触れませんが、スターリン解散後のバンドや、メインとなっているソロ(性格・主義的に「独り」が重要とのこと)での弾き語り=アコースティック・パンクスタイルなどでも、先述のような独特の感覚は常に保持されています。ミチロウさんだけみても、一音聴けばそれとわかる素晴らしい声は健在ですし、上記の作品が引っ掛かった方はぜひ掘り下げて聴いてみることをおすすめします。日本の地下音楽史における最重要人物の一人というだけでなく、単に「個性的で優れたミュージシャン」としてだけみても稀有の存在です。