プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【テクニカル・スラッシュメタル】 DYOXEN(カナダ)

First Among Equals

First Among Equals


(『First Among Equals』フル音源)'89

カナダの超絶テクニカル・スラッシュメタルバンド。このジャンルの歴史においても屈指の凄い作品を残しましたが、スラッシュメタルのシーンが廃れデスメタルがトレンドになる時期('87年頃)にぶつかってしまったこともあってか、十分な認知を得られず解散してしまいました。
解散は'90年とも'92年とも言われます。)

唯一のフルアルバム『First Among Equals』('89年発表)の音楽性を一言で表すなら
「AGENT STEEL〜TOXIKに初期METALLICAやBLIND ILLUSION・RUSHなどの風味をふりかけ、クロスオーバースラッシュ寄りの(ハードコアの“跳ねる”感じを加えた)強力なアンサンブルで形にした」
という感じでしょうか。超強力なリードギターはTOXIKのJosh Christianにも見劣りしない腕前で、他のパートも技巧派揃い。ボーカルも、スピードメタル的なハイトーンとは異なる豊かな中〜低域が好ましく、アンサンブル全体の落ち着きある完成度ではTOXIKより上なのではないかと思います。
(TOXIKの良さは落ち着きに欠けた凄まじいテンションにもあるので、このあたりは好みの問題なのですが。)
作編曲の出来も素晴らしく、歌メロなどはパッとしませんが(ルート音(≒ギターリフの構成音のうち一番目立つもの)をそのままなぞるだけのヒネリのないつくり)、リフや曲展開は実に渋く味わい深い。アルバムの流れまとまりも良く、もたれず聴き続けられる仕上がりになっています。

このアルバムは現在に至るまで再発されていないようで、中古も適正価格で出会うのがかなり難しくなっています。
(私は7年ほど探し続けた上でDiscogsで買いました。送料込みで¥3400ほどでした。なお、中古で現物を見たことはありません。ディスクユニオン御茶ノ水メタル館のセールに一度出品されていたことはありますが、当日に売り切れていました。)
このジャンルのマニアでなければ現物を手に入れる必要はないでしょうが、安価で出会うことがあるならば、買っても損はない傑作だと思います。

【プログレッシヴ・デスメタル(便宜上)】 OBLIVEON(カナダ)

Carnivore Mothermouth

Carnivore Mothermouth


(1st『From This Day Forward』フル音源)'90

(2nd『Nemesis』フル音源)'93

(3rd『Cybervoid』から1曲目)'96

(4th『Carnivore Mothermouth』から6曲目)'97

'87年結成、'02年に一度解散。優れたバンドの多すぎるカナダのシーンにおいても屈指の実力者で、個性的な音楽の魅力はVOIVODやMARTYR、GORGUTSにも劣りません。レコード会社から十分なサポートを得られずに苦しみ続けたバンドで、「テクニカルスラッシュ」「プログレデス」の中でも最上級に位置すべき作品を残したのにもかかわらず、現在に至るまで無名であり続けています。こうした系統の音楽性が広く認知されるようになった今でこそ、再評価されなければならないバンドだと思います。

OBLIVEONの音楽性を一言で説明するのは殆ど不可能です。「DBCやSEPULTURAのような微妙にハードコアがかったスラッシュメタルを、欧州クラシックの楽理を援用しつつ暗くスペーシーな感じに仕上げた」ような感じはありますし、後のバンドでいうならMARTYRやVEKTORなどは似た要素を持っているのですが、独特の暗黒浮遊感を伴う音遣いはここでしか聴けないもので、リードフレーズもコードワークも代替不可能な旨みに満ちています。演奏も雰囲気表現力も素晴らしく、“指が回る”という意味でのテクニックはそこまで圧倒的でないものの、他では聴けないトーンと独特の“冷たく飄々とした空気感”が魅力的。こればかりは実際に聴いていただかないと何とも言えません。

OBLIVEONが発表した4枚のアルバムは、全てが「テクニカルスラッシュ」「プログレデス」シーンを代表すべき傑作です。

1st『From This Day Forward』('90年発表)は最もスラッシュメタル色の強い1枚で、先述の「DBCやSEPULTURAのような微妙にハードコアがかった」質感が前面に出ています。それを極めて個性的なコードワーク&リードフレーズで装飾した作編曲は見事の一言で、淡々としたテンションを保ちながら勢いよく突っ走る演奏も独特の雰囲気に満ちています。

2nd『Nemesis』('93年発表)は1stのメカニカルな質感を強めた作品で、変拍子を効果的に絡めつつ淡々と押し続ける語り口もあって、冷たく燃え上がる雰囲気が更に熟成されています。また、他では聴けない音色のリードギターがより前面に押し出されるようになり、天才的なフレージング・センスで蠱惑的な魅力を醸し出しています。このバンドの作品の中では最も認知度の高い作品で、アメリカのインスト・プログレッシヴメタルバンCANVAS SOLARISのドラマーHunter Ginnなどは、「“テクニカル・メタルってどんなもの?”と聞かれたら『Nemesis』のような音だと答える」という発言を残しています。
(Jeff Wagner「Mean Deviation:Four Decades of Progressive Heavy Metal」2010年刊より)
当時所属していたレーベルActive Records(イギリス)はこの作品のリリース直後に破産。その後バンドが自費出版した分も即完売したため、Prodiskレーベルが'07年に再発するまでは、この作品が公式に広く売られることはありませんでした。最も認知度の高い作品ですらこの有様。レコード会社に恵まれなかったこのバンドの苦労が伺われます。

続く3rd『Cybervoid』('95年7月録音完了・翌年4月に発表:カナダとフランス以外では発売されず)はこれまでの音楽性をさらに成熟させつつ整った構成にまとめあげた傑作で、全編が強力なギターフレーズで埋め尽くされています。リフも見事なものばかりですが、それ以上にリードギターが素晴らしい。独特の暗黒浮遊感と美しく印象的な“かたち”が魅力的なものばかりで、「テクニカルスラッシュ」「プログレデス」枠で語られるあらゆる作品の中でも最上級に位置すべき名フレーズを聴くことができます。また、このアルバムでは強力な専任ボーカリストが加わっていて(前作まではベーシストが兼任していて格好良い“吐き捨て”型の歌唱を披露している)、アンサンブル全体の完成度を高めています。

現時点での最終作4th『Carnivore Mothermouth』('99年)は、前作・前々作において少しずつ増えてきていたインダストリアル・メタル色が前面に押し出された作品で、KILLING JOKEやMINISTRY、FEAR FACTORYを意識したような曲が多くを占めています。これまでの作品において“看板”になっていた魅力的なリードギターは大胆にカットされ、多彩なリフと強力なボーカルをコンパクトに聴かせる“歌モノ”メインの作風に変化。こうした大幅な転身もあって、昔からのファンには問題作扱いされることがあるようです。しかしこれは素晴らしい作品で、独特の高度な音遣い感覚を巧みに整理したリフはどれも見事な仕上がりです。凄まじい作り込みをすっきり聴かせてしまうアレンジも驚異的で、ドラムスのフレーズ構成&演奏、そして“柔らかく尖った”ボーカルが、唯一無二の魅力を生み出しています。独特の暗黒浮遊感に妙な明るさが加わった雰囲気や、メタルにはあまり例のない“高域に焦点をおいた”音作り(ベースやバスドラよりもシンバルやボーカルに注目することでアンサンブルの魅力が見えるようになる作り)など、少し慣れが要る箇所もありますが、アルバムの完成度としては本作がベストでしょう。個人的には最高傑作だと思っています。
この4thアルバムは高度な音楽性と“わかりやすさ”を最高度に両立した大傑作だったのですが、そもそもまともな流通を得られなかったこともあり、やはり十分な評価を得ることができませんでした。こうした苦労もあってかバンドは'02年に解散。15年に渡る活動にひとたび終止符を打つことになりました。

なお、OBLIVEON解散後、ギターのPierre Rémillard(2nd以降の録音・ミキシングを担当)はスタジオ・エンジニアとしてのキャリアを本格化。活動範囲はカナダのメタルシーンに限られるようですが、当地の優れたバンドの傑作の多くに関わっています。
(CRYPTOPSYの2nd〜4th、GORGUTSの3rd〜5th、MARTYRの2nd・3rd、VOIVODの13th『Target Earth』など。)
陰ながらこのジャンルに大きく貢献し続ける重要人物であり、「テクニカルスラッシュ」「プログレデス」のファンであれば、名前を知らなかったとしても関連作を聴いたことはあるのではないかと思います。

本活動時は不遇をかこつカルトバンドに留まってしまっていたOBLIVEONですが、なんと2014年に再結成し、現在(2015年)も活動中とのことです。こうした系統の音楽性が広く認知されるようになった今ならば、そして、作品に触れてもらえる機会さえ得られれば、多くのファンを獲得することも夢ではないはずです。
今からでも遅くありません。この素晴らしいバンドが正当に評価されることを願います。

【テクニカル・スラッシュメタル】 REALM(アメリカ)

Endless War

Endless War


(1st『Endless War』フル音源)'88

'85年結成、'92年解散。TOXIKとほぼ同期のバンドで(上のJosh Christianインタビューでも言及されています)、スピードメタル〜テクニカルスラッシュメタルを代表する強豪の一つです。'80年代の(NWOBHMというより正統派寄りの)メタルに'70年代のプログレッシヴ・ロックなどの要素(KING CRIMSON「One More Red Nightmare」のカバー音源あり)を加えたスタイルで強力な作品を残しました。

REALMは、アンサンブル全体の完成度という点では最も優れたメタルバンドの一つでしょう。きびきびした“トメ”と鞭打つ“ハネ”を両立したグルーヴは驚異的で、高速疾走しても全く崩壊しない安定感もあって、凄まじい“運動神経”を感じさせてくれます。(クロスオーバー〜ハードコア的な“筋肉の躍動感”ではなく、“精密機械が滑らかに駆動していく”ような質感がある。)その上ボーカルが凄まじいのです。Midnight(CRIMSON GLORY)をRonnie James Dioに寄せたようなパワフルなハイトーンが強力無比で、この系統のボーカリストの中では最強の一人と言えるでしょう。そうしたリードボーカルが圧倒的存在感を示しつつ先導するアンサンブルは高機動の一言で、理屈抜きの生理的爽快感を与えてくれます。こうした演奏の魅力に触れるだけでも一聴の価値があるバンドです。

作編曲も素晴らしく、高度で個性的な音遣いが実に興味深いのですが、その一方で、ある種の限界を感じさせる面もあります。「コード進行から全体を構成せず、フレーズの断片を並べてなんとかしようとする」(多くのリフ主導メタルで採用される)やり方で曲を作っているため、(フレーズの引き出しがあまり多くないこともあって)曲展開の広がりがどうしても制限されてしまうのです。2ndアルバムはそういう問題点が前面に出てしまった作品で、変拍子を多用したリズム構成と先述のようなストレートな機動力との食い合わせが悪いということもあり、全編興味深いのにもかかわらずどこか煮え切らない印象がつきまとう仕上がりになってしまっています。
一方、1stアルバムではそうした問題がなく、アンサンブルの特性と作編曲の性格がともにうまく活かされています。BEATLES「Eleanor Rigby」の倍速カバーも凄まじい出来映えで、このバンドの得意技が全ての面において見事にキマった傑作と言えます。

持ち味の発揮という点ではうまくいかないところもありましたが、超強力なアンサンブルに関して言えば、スピードメタル〜スラッシュメタルの一つの頂点を示すバンドです。聴いてみる価値は高いと思います。

【テクニカル・スラッシュメタル】 TOXIK(アメリカ)

Think This

Think This


(1st『World Circus』フル音源)'87

(2nd『Think This』フル音源)'89

'84年結成(TOKYOから改名)、'92年に一度解散。スタイル的にはスピード・メタルの一種と言えますが、著しく高度な技術と音楽性は比すべきものがありません。本稿で扱うバンドの中では最高レベルの実力者で、極めて優れた作品を残しながら十分な知名度を得られていない不遇のバンドでもあります。

TOXIKの音楽性を一言で表すのは非常に難しいです。音遣いの印象をまとめると「QUEENSRYCHEの2nd『Rage for Order』をジャズの楽理を用いて強化したら近現代クラシックに近づいた」という感じなのですが、特定のバンド・アーティストではっきり「似てる!」と言えるものは殆ど存在しません。
中心人物である超絶ギタリストJosh Christian(メタルの歴史の中でも最も優れたプレイヤーの一人)のインタビューでは
「音楽一家に育ち、ジャズ・クラシックからロックまであらゆる音に接して育った。両親はYESやKING CRIMSON、MAHAVISHNU ORCHESTRAなどにのめり込んでいた」
リードギターの面ではVan HalenとUli Jon Rothが最大の影響源で、Ritchie BlackmoreやUKでのAllan HoldsworthKING CRIMSONでのAdrian Belew、Yngwie Malmsteenなどにも影響を受けた」
「'80年にMOTORHEADを聴いたとき全てが変わった」
という発言があり
これを読んだ上で聴いてみると、確かにMAHAVISHNU ORCHESTRAやYES(ストラヴィンスキーバルトークなどの近現代クラシックに通じる和声感覚がある)をVan HalenやUli Jon Rothのような“ブルースがかったクラシカルな音遣い感覚”で料理したらこうなる気もするのですが(Uliは「Yngwieの影響源」として語られるようなクラシカルなフレーズを身上としていますが、Jimi Hendrixからも絶大な影響を受けています)、「こうした諸々の要素をそのまま足せばTOXIKの個性的な音楽が生まれる」と言うことはできません。上に挙げたものだけでなく、同時代を生きた様々な音楽を貪欲に取り込み、そこから得たエッセンスを土台にして“一から自分の手で”優れた個性を確立してしまった、ということなのでしょう。

楽器陣は全てのパートが超強力。Ron Jarzombekの項でも述べたような「技術と勢いの両方を大事にする気風」が見事に実践され、「凄まじい技術を用いてなりふり構わぬ勢いを生み出し、しかも“ひけらかし感”がなく全てが興味深い」最高の音楽が生み出されています。
達人揃いの楽器陣に比べるとボーカルは完璧とは言えませんが(1stは裏声寄りミックスヴォイス、2ndはGeoff Tate(ex. QUEENSRYCHE)的な地声寄りミックスヴォイスという感じの中途半端な“ハイトーン”スタイル)、かなりしっかりした発声によりまろやかな質感を加えつつ、勢いのある歌い回しで凄まじいテンションを生み出すことができていて、アンサンブルの足を引っ張るようなことはありません。この手のスタイルにおいては良い方なのではないかと思います。

本活動期間中に発表された2枚のアルバムはともに大傑作。ストレートなスピードメタルの1st、入り組んだリズム構造の上で複雑な和声感覚を表現する“プログレッシヴな”2nd、という感じでややスタイルが異なりますが、このどちらを上とするかは好みの問題でしょう。
(個人的には2ndを推します。テクニカルスラッシュ〜プログレデスの歴史においても最高レベルの傑作だと思います。)
複雑ながら非常にわかりやすく“刺さる”音遣いは他では聴けない魅力に溢れています。ぜひ触れてみることをおすすめします。

TOXIKは現在再結成して活動を継続しています。今年(2015年)新譜を発表する予定とのこと。とても楽しみです。

【テクニカル・スラッシュメタル】 WATCHTOWERほかRon Jarzombek関連作(アメリカ)

Control & Resistance

Control & Resistance


(WATCHTOWER『Control & Resistance』フル音源)'89

あらゆるジャンルにおいて屈指の奇才を誇る超絶ギタリスト。常軌を逸した技術を“音楽的に”聴かせる作品群を発表し、ヘヴィ・メタル・シーンにおける演奏表現の概念を変えました。(一般的なメタルには影響を及ぼしていませんが、テクニカルなメタルにおける技術水準を大きく引き上げることに貢献しています。)「伝統的なメタルを殆ど通過していないメタルミュージシャン」の先駆けでもあり、そういう意味では(ノルウェー・シーン以降のブラックメタルなどと共に)90年代以前・以降における「メタルという言葉の意味の変化」を導いたキーパーソンの一人でもあります。

本稿で扱っているバンドは、音楽の成り立ちにおいて大きく2種類に分けることができます。
一つは「伝統的なメタルがその持ち味を活かしつつ進化したもの」。ATHEISTやBLIND ILLUSION、ドゥーム〜ストーナー寄りのバンドがその好例で、70年代後半の英国ロックや80年代初頭のNWOBHMの味わいを濃厚に受け継ぎつつ個性的な音楽を生み出しています。
そしてもう一つが、「伝統的なメタルをバックグラウンドに持たないミュージシャンがたまたまメタルをやっているもの」です。スラッシュ以降のメタルにおける“表現志向”もしくは“音響的快感”に惹きつけられた結果このジャンルを選んでいる人達がそれで、伝統的メタルの味わいやその継承にはあまり興味を持ちません。従来のメタルにはなかった様々な要素を自在に持ち込み、それをメタルならではの硬く分厚いサウンドを用いて表現してしまう。そうした人達の働きにより、メタルと呼ばれる音楽において表現される要素や技術の水準は大きく拡張されました。本稿で扱っているバンドの多くはこちらに属するもので、様々なやり方で「メタルの伝統を無視してサウンドの旨みだけを自分の音楽に取り込んでしまう」ことにより、メタルという言葉が指し示す範囲を広げていったのでした。テクニカルスラッシュ〜プログレデスのシーン、初期デスメタルシーン、初期ブラックメタルシーン(特にノルウェー)、ゴシックメタルのシーンなど、80年代末から90年代頭にかけては世界各地でこうした動きが起こり、「伝統的なメタル要素に縛られない」「しかしメタルサウンドの良さは見事に活かす」個性的な傑作を数えきれないくらい沢山生み出していきます。Ron Jarzombekはそうした流れにおけるパイオニアの一人であり、歴史的にも重要な人物だと言えるのです。

Ron Jarzombekのような異常な技術者がこのシーンに参入してきた背景には、まず、'80年代中頃における「メタルとフュージョンの接近」が大きく関係していると思われます。
Yngwie Malmsteenが'84年に1stアルバムを発表して(厳密に言えば前年のSTEELERおよびALCATRAZZへの客演で)メタルシーン全体に絶大な衝撃を与えると、それに影響を受けたテクニカルなソロ・ギタリストが沢山現れました。そうしたギタリスト(特にShrapnelレーベル所属者)は、早弾きの技巧を主張するために「メタル寄りの音色でフュージョン寄りのスタイルを演奏する作品を発表」したり、パワーメタルのバンドに加入して「歌モノメタルのソロパートで自分の技術を誇示する」ことが多く(RACER Xや初期VICIOUS RUMORSが好例)、技術の誇示にこだわるあまり音楽性をないがしろにする作品が多かったという問題はありますが、メタルとフュージョンが互いのシーンを意識する一つのきっかけを作りました。
Shrapnelレーベルの創設者Mark Varneyが企画したAllan HoldsworthとFrank Gambaleの共演などは、(それぞれ「フュージョン」「メタル」シーン本流からは外れた人ではあるのですが)そうした風潮を象徴するものだったと思います。

こうしたことに加えて、ほぼ同時期に勃興してきたスラッシュメタルが大きな役目を果たしました。
スラッシュメタルにおいては、なりふり構わぬ勢いを重視するパンク〜ハードコアの姿勢が、メタルならではの几帳面な技術志向と融合しています。技術と勢いの両方を大事にする気風があり、実際にそれを成功させている作品も多いのです。こうしたものに接することで沢山のテクニカルなミュージシャンが感化され、持ち前の卓越した技術をアツいハートの表現のための“道具”として用いるようになりました。
また、このように“勢い”“攻撃性”を表現することをためらわないスラッシュメタルにおいては、フュージョンなどでは表現上の必然性を得られず“ひけらかし”になってしまいがちだった「高度なテクニック」や「複雑な楽理」が説得力を得やすくなり(複雑な和音が醸し出す異常な雰囲気も“あるべきもの”として許容されうる)、技術と精神を直結させやすい環境が生まれました。
(こうした環境は、デスメタル以降のアンダーグラウンドなメタル全般にも引き継がれています。)
MEGADETHの1st('85年)などはその好例で、音楽的な興味深さと異常なテンションの高さ、そしてそれらを綻びなく表現するための圧倒的な演奏力が見事に並び立っています。
WATCHTOWER('82年結成、1stは'85年)もそうした流れを作ったバンドの一つであり、'87年に加入したRon Jarzombekが全面的に関わって生まれた2nd『Control And Resistance』は(タイトルからしてそのものという感じですね)、以上に述べたような「技術と精神の直結」「高度な楽理の説得力ある活用」を理想的なかたちで実現させた作品なのです。ロックというジャンル全体における歴史的名盤であり、作編曲と演奏の両面において稀有の高みにある大傑作と言えます。

『Control And Resistance』の音楽性を一言で表すなら「RUSH+BRECKER BROTHERSスラッシュメタル化したもの」でしょうか。RUSHの音遣い感覚がJohn ColtraneMichael Breckerラインの複雑なコードワークによって強化されているのですが、フュージョン一般にありがちな“教科書通りの”“自分の頭で考えない”つまらなさはなく、完全に独自のかたちに仕上げられています。また、RUSHの“キャッチーな変拍子”を数段入り組ませたようなリズムアレンジも、その構成は美しく洗練されており、無駄にこねくり回した感はありません。
(よく「曲としての体をなしていない」「ぶっ壊れてる」と言われますが、ちゃんと聴き込んで構成をつかめば、〈テーマの提示〜発展〉〈滑らかな複合拍子を乗りこなすソロのフレーズ〉など、全ての曲が必要十分に磨き上げられているのがわかるはずです。)
5曲目「Control And Resistance」イントロ(27秒〜)の滑らかな13拍子(複合拍子としてみるのではなく13カウントで数えきる方がしっくりくる)や、基本的には7拍子で突き進む4曲目「The Fall of Reason」の間奏における44拍子(こちらは〈6×4+5×4〉とみるとしっくりくる:ギターソロだけでなく全てのパートが素晴らしい)など、奇怪で興味深く、しかも親しみやすいアイデアがどの曲にも詰まっています。はじめは訳がわからなくても、聴き込むことでどんどん楽しめるようになるのです。

そして、このバンドの売りはやはり楽器隊の演奏でしょう。それこそBRECKER BROTHERSCHICK COREA ELEKTRIC BANDなどと比べても何の遜色もありません。異常に巧いプレイヤーが多数存在するフュージョンシーンの超一流にも引けを取らない技術&個性があります。例えば、CYNICのメンバーなどは、DEATH『Human』のブックレットにおけるスペシャル・サンクス・リスト「インスピレーションの源」欄で、Vinnie Colaiuta(世界最高のテクニカルドラマー)、Allan Holdsworth(ギター)、Jimmy Johnson(ベース)、Zappaバンドの経験者、Chick Coreaと共演したプレイヤーなどと共に「WATCHTOWERの楽器陣」を挙げています。RonだけでなくDoug Keyser(ベース)もRick Colauca(ドラムス)も超絶的な達人で、周囲からの認知度も高かったわけです。前座に起用したことのあるDREAM THEATER(初期)が「They are sick!」(彼らはヤバ過ぎる!)と言った逸話もありますし、シーンに与えた影響は測り知れません。
一方、こうした楽器隊に比べると、ボーカルはケチをつけられることが多いです。パワーメタル〜スピードメタル系統のハイトーン・スタイルで、得意でない高音域を少し無理して頑張っている感じが出ているため、「完全無欠に巧い楽器隊に比べ物足りない、他に良いのはいくらでもいるだろう」と指摘されることが多いのです。しかし、これはこれで良い味を出しています。楽器隊の異様なテンションの高さ、そしてRon Jarzombekの音楽が醸し出す“陽気な神経質さ”には、こういう“いっぱいいっぱい”感のあるボーカルがよく合うのです。しかもこのAlan Tecchioには、そういう“無理してる”感を不思議な落ち着きをもって表現できる妙な雰囲気があります。このボーカルがあってこそのこの名盤。個人的にはそう思います。

WATCHTOWERはこの後'90年に活動停止。Ronが「練習のし過ぎで指を故障した」ことが一つの原因になったようです。その後は散発的にライヴをこなしているようですが、2015年の時点では公式の情報が殆どなく、活動しているのかどうかすらわからない状況です。
ただ、Ron Jarzombekは他のバンド・プロジェクトでも同様の音楽的方向性を追求しており、あまり多くはありませんが、非常に内容の濃い作品を発表しています。

(SPASTIC INKの2nd『Ink Compatible』フル音源)'04

(SPASTIC INKの1st『Ink Complete』より「A Wild Hare」)

(BLOTTED SCIENCEの1st『The Machinations of Dementia』フル音源)'07

兄である超絶ドラマーBobby Jarzombek(メタル・シーン最強ドラマーの一人)とPete Perez(BobbyのRIOTにおける同僚で物凄く巧いベーシスト)によるバンドSPASTIC INKや、Alex Webster(CANNIBAL CORPSEのベーシストで技術には定評がある)とテクニカルドラマー(なかなか定まらない)によるインスト・プログレッシヴ・デスメタルバンドBLOTTED SCIENCE、そしてソロプロジェクトなど。こうした活動では、“Zappa+フュージョン”“暗黒ディズニー”といった感じのブチ切れたユーモア感覚が前面に出ていて、先に述べたような“陽気な神経質さ”に一層磨きがかかっています。
なかでも、上に挙げた「A Wild Hare」などは、Ronの異様な魅力がとてもよく出た作品だと思います。ディズニー映画『バンビ』のアニメーションに演奏をつけた“ミッキーマウシング”(動作の一つ一つにフレーズをつけて音と動きをシンクロさせる演出)の怪作。「大袈裟なモーションで突然殴りかかり、皮一枚で寸止めしてみせる」ような外連味あふれる悪ふざけ感は唯一無二です。

Ron Jarzombekの音楽はなんだかんだ言ってそれなりに敷居が高いですし、独特の暴力的なユーモア感覚も好き嫌いが分かれると思います。しかし、「技術と精神の直結」という点では文句なしに優れたものですし、いわゆるフュージョンの多くが達成できなかった「高度な楽理の説得力ある活用」の稀な成功例でもあります。無責任におすすめすることはできませんが、何かの機会があったら聴いてみるのもいいのではないかと思います。

【ハードフュージョン】 SPIRAL ARCHITECT

A Sceptics Universe

A Sceptics Universe


(『A Sceptic's Universe』フル音源)'00

ノルウェーフュージョン寄りテクニカルメタルバンド。'93年頃から活動していたようですが、発表した作品はデモ('95)・フルアルバム('00)それぞれ一枚のみ。そのうち後者は、テクニカルスラッシュ〜プログレデスのシーンがある程度認知されるようになった時期のものということもあり、“プログレメタル”一般を好む人々の間でカルトな名盤として評価されています。

唯一のフルアルバム『A Sceptic's Universe』の音楽性を一言でいうなら「WATCHTOWER(2nd)+PSYCHOTIC WALTZ」。前者のフレーズ・コード感を後者の風味で装飾し、そこにCYNIC(1st)的な要素を少しふりかけたという感じです。
(ボーカルスタイルは基本的には後者そのもので、その上で前者も参考にしているように思います。)
そうした配合をノルウェー特有の“薄口だがよくこびりつく”引っ掛かり感覚で料理した仕上がりで、上記のようなバンドをはっきり連想させるわりには、しっかり独自のポジションを確立した作品になっていると思われます。一見複雑で掴み所がないようでいて良くまとまっている楽曲も興味深く、卓越した演奏表現力を良好な環境で楽しむことができます。
「小難しいことを考えずに小気味いいアンサンブルに溺れたい、だけど能天気で爽やかなのは嫌だ」というときなどに良く合う作品なのではないかと思います。

このバンドのメンバーは、現在ではむしろセッションワークで名を馳せています。ノルウェーのメタルバンドへの客演が多く、IHSAHNやSATYRICONなどの作品・ライヴに貢献。(IHSAHNの3rd『After』にはドラムスとベースが参加しています。)バンド本体は機能していないようですが、いろんな所でその卓越した演奏に触れることができます。

【テクニカル・スラッシュメタル(便宜上)】 PSYCHOTIC WALTZ

A Social Grace/...

A Social Grace/...


(2nd『Into The Everflow』フル音源)'90

'86年に結成('85年より活動していたASLANから改名)し、'97年に一度解散。その後'10年に再結成し、現在も活動を継続しているようです。
シーン的には「テクニカル・スラッシュメタル」ではなく「プログレッシヴ・メタル」の創成期に属するバンドなのですが(QUEENSRYCHE(前身は'81結成)やFATES WARNING(前身は'82結成)などの方が近い)、
演奏スタイルや本稿の構成の問題から、ここに区分しています。
DREAM THEATERと共演したことなどで知られているほかは殆ど無名のバンド。しかし、そうしたことが信じられないくらい素晴らしい作品を残しています。アメリカの地下シーンが生み出した音楽としては、あらゆるジャンルにおいて最も素晴らしいもののうちの一つです。

PSYCHOTIC WALTZの音楽はアメリカン・ゴシックの精髄です。欧州のゴシカルな音楽に影響を受け、音楽構造や雰囲気を真似しながらも、それらをアメリカからしか生まれない独自のかたちに変えてしまう。
NWOBHMを“エピック・メタル”に変容させたMANILLA ROADや、中〜後期BLACK SABBATHJimi Hendrixのモード感覚などを混ぜて独自のかたちに発展させたBLOOD FARMERS、同じくBLACK SABBATHの初期スタイルを暗黒フォークやハードコアの要素を通して再構成してしまったSLEEPなど。“アメリカ人による欧州音楽の再解釈”は、欧州からは生まれない“土臭い薫り”をもつ神秘的な作品を生んできました。PSYCHOTIC WALTZの作品はその系統に位置付けられるものであり、その中でも最高レベルの達成と言えるものなのです。

本稿で扱うバンドの中で最も近い音楽性を持っているのはMAUDLIN OF THE WELLでしょう。(人脈的な繋がりはおそらくありませんし、直接影響関係があるかもわかりませんが。)あそこで展開されている“風通しの良い暗黒浮遊感”が、ジャズ的な“尖った感じ”を減らして欧州メタル的なまろやかさを増したような感じで表現されているのです。作編曲も演奏も抜群に素晴らしく(演奏技術はMAUDLIN OF THE WELLより遥かに上でしょう)、この「テクニカル・スラッシュメタル」の項で扱っている他のバンドと比べても全く遜色ありません。なにより特徴的なのが卓越したボーカルで、独特の“アウト感”に満ちた極めて個性的な歌メロを滑らかに歌いこなすスタイルは、他の音楽では殆ど聴けないものです。
(歌メロは、それだけ抜き出して見ればそこまで異常なものではないのかもしれませんが、バッキングとのぶつかり / はずし具合が独特で(均等に・特定のコンセプトのもとで“はずして”いるのかもしれない)、奇妙な美学をもって音楽全体の顔になっています。CONFESSORの歌メロを合理的に整え表情豊かにしたような感じと言っていいかもしれません。)
このボーカルアレンジを受け継いだバンドは殆ど存在しませんが、後のテクニカル・メタルシーンで名を馳せたSPIRAL ARCHITECTなどは、ボーカルの声質まで含めてこのスタイルをほぼそのまま借用しています。聴き比べると面白いです。

上に挙げた2nd『Into The Everflow』はバンドの代表作で、必要十分に整った曲の良さとアルバム全体の“成り立ち”の美しさもあって、最も聴きやすい一枚と言うことができます。これは本当に驚異的な作品で、唯一無二の個性を非常にわかりやすく提示できているという点でも極めて魅力的なアルバムです。これほどのものを生み出したバンドが無名のままでいるという現状もあわせて、思わず溜息が出てしまうような傑作。中古なら捨て値で手に入るので(そちらの方がDL販売より安いことも多い)、見つけたらぜひ手にとってみて頂きたいと願います。

本稿で扱っているバンドとの関係を言えば、先に挙げたMAUDLIN OF THE WELLは音楽性の面で共通点が多いですし、SPIRAL ARCHITECTは非常に大きな影響を受けていると思われます。ATROXの4thなどにもPSYCHOTIC WALTZ的な要素が感じられますが、こちらはおそらくSPIRAL ARCHITECTから間接的に学んだものなのでしょう。そのあたりの比較をするにあたっても興味深いバンドです。