プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界

記事量が膨大になったので分割独立させました

【初期デスメタル】 XYSMA(フィンランド)

Yeah/First & Magical

Yeah/First & Magical


(1st『Yeah』フル音源)'91

(2nd『First & Magical』フル音源)'93

(5th『Girl on The Beach』フル音源プレイリスト)'98

'88年結成。フィンランドで最初にグラインドコアを演奏したと言われるバンドです。個性的な音楽性で当地のシーンを先導しただけでなく、スウェーデンストックホルム)のバンドと親交を結ぶことにより、両国の地下シーン間の交流を取り持つ役目を果たしました。(ENTOMBEDなどと仲が良かったようです。)

XYSMAは、結成当初はNAPALM DEATHやCARCASSの影響下にある直線的なグラインドコア / ゴアグラインドを演奏していましたが(バンド名もその流れを汲んでいます)、活動を続けるうちに70年代のハードロックや60年代のロック・ポップスなどの要素を大胆に取り入れるようになりました。'89年から'90年に発表された3枚のEPでそうした傾向が少しずつ表れ、'90年発表の1stアルバム『Yeah』で一気に爆発。CARCASS的な“正統派デスメタル”の音遣いと70年代ハードロック的な爽やかな音遣いを巧みに混ぜてしまい、それをやはりCARCASS的なグラインド・デスメタルの演奏感覚で表現する、というスタイルを完成させています。ボーカルはもちろんゴア寄りのデスヴォイスなのですが、明るく爽やかな音進行をしている場面でもそうした歌い回しが浮きません。奇妙な味わいを自然に聴かせてしまうバランス感覚は驚異的で、幅広く豊かな音楽要素をすっきりまとめあげる作編曲のうまさもあって、アルバムの仕上がりは極めて良好なものになっています。こうした路線をさらに推し進めた2nd『First & Magical』も同様の傑作で、荒々しい勢いと爽やかな落ち着きを両立した雰囲気は唯一無二。ともに(知名度は極めて低いですが)90年代の地下音楽シーンを代表すべき名盤と言えます。

このようにして生まれた独特のスタイルは「グラインドロック」「デス&ロール」と呼ばれ、同郷フィンランドバンド(DISGRACE・CONVULSE・LUBRICANT・PAKENIほか)やENTOMBED(スウェーデン)、KORPSE(イギリス)やCSSO(日本)など、狭い範囲ではありますが、同時代のバンドに大きな影響を与えています。こうしたバンドはXYSMAと同様の音楽的変遷を辿り、「グラインドコアデスメタルで培ったグルーヴ感覚」を保ちつつ「70年代のハードロックや初期パンクの豊かな音遣い」を独自のやり方で作編曲に活かす活動をしていきました。当時XYSMAが与えた衝撃の大きさが窺い知れます。

XYSMAがこのような音楽的変遷を遂げることができた背景には、フィンランドという「“本場”でない」環境が大きく関わっていると思われます。
“本場”であるイギリスやアメリカでは、CARCASSのようなグラインドコアデスメタルは、70年代型のハードロックや80年代から連なる伝統的ヘヴィ・メタルとはかなり離れたところに区分され、交流をもつことはほぼありません。また、CARCASS自身がいかにそういうハードロック的なバックグラウンドを持っていたとしても、所属するシーンの“常識”や“水準”をある程度は意識してしまうので、そうしたシーンのイメージから一気に離れることは難しいでしょう。
しかし、そういう“本場”の常識とかイメージを持ち得ない「“本場”でない環境」においては、様々なジャンルがもとの文脈(シーンの関連性・時間軸など)から切り離され、並行するものとして受容されます。先に挙げたようなハードロックとデスメタルも、言ってみれば両方とも同じように自分から遠いものなわけですから、その二つを自分の中で“交流”させてしまうのも、そう難しくはないわけです。こうした話は、メタルに限らずありとあらゆるジャンルにおいて成り立ちます。そして、そういう立場にあったからこそ生まれた“オリジナル”も、実際数多く存在するのです。

たとえば、(メタルとは全く関係ない話で申し訳ないのですが)日本が世界に誇るテクノポップバンYMOは、細野晴臣のブルースロック〜トロピカリズム、坂本龍一のフランス近代和声〜フュージョン的楽理、高橋幸宏ニューウェーブ〜ヨーロピアンポップスという異なる(「本場」ではシーン間に繋がりの薄い)要素を巧く組み合わせることにより、欧州にもない高度な音楽を生み出しました。これは、「本場」に憧れを抱いてそこから学びながらも、そのシーンの文脈に思い入れがなかったりよく知らなかったりする、という立場だからこそ可能になることなのです。
XYSMAの音楽も、そういう「“本場”でないことの強み」が見事に活かされたものなのだと言うことができます。本場のシーンの文脈を良い意味で無視することができ、しかも本場のシーンにない要素を加えることができる。こうした音楽的“交流”は「グラインドコアとハードロックの融合」に留まりません。ハードロックはおろか、メタルの世界では殆ど参照されることのない60年代以前のポップス(いわゆるオールディーズ)の要素も取り込んでしまい、それをパンク〜ハードコア的な音遣い感覚と組み合わせて新たなものを作り出しています。様々な音楽的越境が実践されていて、しかもそれらが素晴らしい成果を挙げているのです。

XYSMAの音楽は、先に述べたような「グラインドロック」「デス&ロール」路線を経て、「ストーナーロック」と言われるようなものに変化していきました。グラインドコア的な要素を表に残しつつ他の雑多な要素も前面に押し出し始めた3rd『Deluxe』('94年発表)では、ボーカルこそゴア寄りデスヴォイスのままですが、7 ZUMA 7のような強力なストーナーロックに通じるレトロ&サイケ感覚が出てきています。(PINK FLOYDやGONGというよりは「SPEED, GLUE & SHINKI寄りのジャーマン・ロック」的な個性的なもの。)そして、以降の4th『Lotto』('96年発表)・EP『Singles』('97年発表)・5th『Girl on The Beach』('98年発表)では、ボーカルはFrank SinatraElvis Presleyのような低音クルーナータイプに変化し、世界的にみても類のないタイプの素晴らしい歌モノハードロックを追求するようになります。初期パンク〜ハードコアの無骨な音進行をBEACH BOYSやJimi Hendrixのモード感覚で巧みに肉付けしたような音遣いは、結果的にSLINTなどのプレ・ポストロックバンドに通じる味わいを持ちながら、見事に独自のものに仕上がっているのです。これはEXTOLなどと並べて評価されるべき素晴らしい音楽的達成で、作品の完成度の高さもあわせて広く認知されるべきだと思います。しかし、もともと極めてニッチなシーン(アンダーグラウンドデスメタルシーン)で活動を始め、一般的に知られていない状態で激しい音楽的変遷を続けてきたこともあって、こうした傑作の数々はメタルシーンの中からも外からも殆ど注目されていません。ストーナーロックやハードコア、ポストロックのファンなどにも驚きを持って迎えられうる内容ですので、なんとか再評価を期待したいところです。

XYSMAの作品に触れるのならば、コンピレーション・アルバム『Xysma』('04)と『Lotto / Girl on The Beach』('05)が良いのではないかと思います。これらはともに2枚組。前者は'89〜'90年発表のEP3枚および1st・2ndアルバムが完全収録されていて、「グラインドロック」「デス&ロール」期の作品はこれ一つで揃います。また、後者は4th・5thアルバムのカップリングで、XYSMAが音楽的に最も成熟した時期の大傑作を2枚とも堪能することができます。シーンの流れを押さえたいのなら前者、デスメタル云々関係なしに優れた作品を聴きたいのであればまず後者をおすすめします。ともに他では聴けない極上の音楽です。

このバンドに限らず、グラインドコア出身のバンドは非常に面白い音楽展開をみせることが多いです。そもそもCARCASS自体が70年代英国ロックの要素を持っているわけですから、グラインドメタルとストーナーロックはもともと近いところにあるということなのかもしれません。
(CARCASSに在籍しARCH ENEMYとSPIRITUAL BEGGARSを結成したMichael Amottの例をみても、マニア気質の優れたミュージシャンが集まるシーンだというのはあります。)
そしてその中でも、XYSMAは最も面白い変化と素晴らしい達成をしたバンドの一つなのです。こうした功績が広く認知され、それに見合った評価を得られることを、心から願う次第です。